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第154話
ヒヤリ、と額に触れた冷たい感触に、俺はぼんやりと目を覚ました。
「ん…?」
どこ?と瞼を持ち上げて見渡したここは、見慣れた寝室で、目の前には苦笑した火宮の顔があった。
「悪い…」
「えっ?」
「無理をさせた」
軽く細められた火宮の目が、少し申し訳なさそうに見えて、俺はガバッと起き上がり、ブンブンと首を振った。
「似合わないし!」
「翼?」
「それにその…お、俺も欲しかったっていうか、も、求めたっていうか…」
煽ったことや、激しさを望んだのは俺もだ。
火宮だけが悪いわけじゃない。
「ククッ、お互い様か」
「そうですね」
「まぁとりあえず水を飲め」
スッと差し出されたのはミネラルウォーターのペットボトル。
確かに喉が渇いていた俺は、ありがたくそれを受け取ってキャップを開ける。
「あれ、そういえば手…」
いつの間にか手枷が外されている。
「ククッ、なんだ。癖になったのか?」
「はぁっ?そんなわけっ…」
「何ならまた拘束するか?」
寂しそうだしな、と笑う火宮は、本当、ブレなく通常運転。
「もう嫌ですっ!」
「ククッ、まぁもう満足したしな」
「あ、そ」
愉しそうに笑う火宮に、うっかり胡乱な目が向いてしまう。
「ククッ、あの後も、意識がないのに俺にしがみついたままで、後始末をしてやれば無意識に喘ぐし、身体を洗って拭いて運んでやる間にはうわ言で刃、刃と…」
「だぁぁっ!言、う、な!」
本当もうこのどS。
意識のない間の醜態なんて、わざわざ聞かせてくれなくていい。
しかもそういえば、今日はナマでヤられたんだった。
それっていうのはつまりあれだ。
意識がないうちに、あの恥ずかしいやつをされたということで。
「あぁ、消えたい…」
物理的に無理なのはわかっているから、布団を引き寄せて隠れようとしたら、グイッとそれを押さえつけられてしまった。
「火宮さんっ」
「ククッ、恥ずかしがる顔も愛おしい。隠すな」
「っ、はぁっ?もう、何言っちゃってるんですか…」
この人、酔ってるの?
「ククッ、翼。嬉しかった」
熱烈な告白、と囁く火宮が、キシッとベッドに乗り上げてきて、掠めるようなキスを奪っていった。
「っーー!」
忘れて下さいっ!
あぁでも忘れないで…。
「翼」
「はい?」
「何があった?」
「え…」
ポンッと頭に乗った火宮の手から、慈しむような温かさが伝わってきた。
「いつも、無駄や余分にうるさいおまえが、料理をうっかり作りすぎるなんて、何か考え事でもしていたんじゃないか?」
あぁこの人、何で分かるんだろう。
その優しさが、あったかい。
「考え事…というか、サエから連絡があって」
「そうか」
「あのっ、それで明後日…みんなと会いに…」
「ん」
撫で撫でと、頭を往復する火宮の手が気持ちいい。
「あの…それで、カラオケボックスに行くみたいで。その…」
「あぁ小遣いか」
「すみません」
恐縮して肩を竦めたら、拳に変わった火宮の手がコツンと頭をぶってきた。
「違うだろう」
「え?あ…」
「翼?」
「あの、ありがとうございます」
「ん」
よろしい、と言わんばかりの微笑みが、火宮の顔に浮かぶ。
「まぁ念のため、そのカラオケボックスとやらの店名か場所が分かれば教えてくれ」
「あ、はい」
××駅からすぐの、と伝える俺に、火宮が軽く頷く。
「車で行けよ」
「はい」
「翼」
「はい?」
「いや…おやすみ」
チュッと軽く髪に触れた火宮の唇は、本当は何を言おうとしたのか。
口を結んで微笑んでいる火宮を、それ以上は追求できそうになくて。
「おやすみなさい」
仕方なく曖昧に微笑んだ俺は、ペットボトルをサイドに置いて、ゴロンと横になった後、ゴソゴソと火宮に近づいた。
「ん?」
「いえ…」
怪訝な顔の火宮に首を振って、だけど無理矢理その身体に身を寄せる。
「ククッ…」
「ん…」
ピトッとくっついた火宮の胸から、規則正しい鼓動が伝わってきて、とても心地いい。
優しい火宮の匂いに包まれ、俺はゆっくりと瞼を閉じた。
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