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第159話

俺が1人じゃなかったせいか、浜崎は出てきた俺に気づいても声をかけず、そっと後ろに控えてくれた。 サエは一体どこまで行くつもりか、勝手にズンズンと道を行く。 俺は戸惑ったまま、とりあえずその後ろをついて行くしかない。 「あの、サエ?」 「………」 「もうここでいいんだけど」 っていうか、車を呼ぶからむしろカラオケの入り口でよかったんだけど。 「サエ?」 「ごめん、ちょっとだけ、時間ちょうだい」 不意に足を止めたサエが、スイッと道路の脇を指差して、ようやく振り返った。 サエの指の先を見れば、街中の小さな公園があった。 「えっと…」 「少しだけ話がしたいんだ。だめ?」 可愛らしく首を傾げて言われたら、拒否することはできなかった。 「分かった」 「ありがと」 ホッと息をついたサエが、公園の中に入っていく。 後を追った俺は、ベンチに座ったサエに並んだ。 「で?」 「うん」 「サエ?」 話したいと言ったのに、サエは黙ったまま地面を見つめている。 一体どうしたものかと彷徨わせた目に、人のいない遊具が寂しげに映る。 「サエ?」 もう1度だけ問いかけるように呼べば、スゥッと息を吸ったサエが、ギュッと拳を握った。 「つー、あたし、ハルに聞いたんだ」 「え?聞いたって何を」 よくわからないけど、あまりいい話じゃなさそうだ。 「つーは…や、ヤクザと付き合ってるの?」 「は?」 いきなりサエから飛び出した単語に、一瞬思考がフリーズした。 「つーはヤクザに囲われてるって。ハルのパパが…ハルがたまたま今度懐かしいクラスメイトと会うってつーの名前を出したときに、その子は…って、つーのこと知ってたって」 「え…」 「七重組系の暴力団の組長の愛人って言われている子だって。警察のデータベースに登録されてるって…」 え?俺が警察に? 「ねぇつー、本当?」 縋るようなサエの目は、俺が否定することを求めていた。 だけどそれをすれば、ハルを嘘つき呼ばわりすることに繋がって。 「本当」 俺は、真実を告げることしか選べなかった。 「っ!何でっ…」 ヒッ、と息を飲んだサエの驚きを、俺は静かに受け止めた。 「何でよっ!あっ、そうか!何か脅されてるんでしょ!それとも弱味を握られて無理矢理…」 「違う」 「じゃぁどうして?だってヤクザだよ?七重組って名前はあたしだって知ってる。テレビでよく聞く悪いことして名前が出る暴力団でしょ?!」 まぁいいことでニュースにはならないだろうね。 「おかしいでしょ、つー。つーがなんでヤクザなんかといるの?もしかしてそのせいであたしたちとの関係も切るって言い出したの?そうしろってそのヤクザに命令されたの?」 あぁ、始まった、サエのマシンガントーク。 だけどこれに怯むと話にならないんだよね。 「ねぇつー!ヤクザなんかと関わるの、やめなよ!もし何かわけがあるなら…」 「サエ、サエ落ち着いて。俺は無理矢理囲われているわけでもないし、火宮さんは俺の交友関係に指図はしてこないよ」 「火宮…?火宮っていうの?そいつ」 「あー、うん。火宮刃さん。そいつとか言うと怖いよ?」 ふふ、と笑ってしまう俺は、本気でそうは思ってない。 だけどサエには冗談にならなかった。 「ヤクザなんでしょ?怖いのなんて当たり前じゃない。悪い薬とかを売買して、銃とか持ってて。道でぶつかったとか因縁つけて絡んだり、暴力振るったり…」 まぁ、映画やドラマで見てればそうだよな…。 「いや、でも、ね?」 実際はそうでもないんだけど。 まぁ言ったところで信じないか。 「お願い、つー。目を覚ましてよ!つーにはそんなの似合わない!つーには明るい世界が合うんだから。つーの世界はこっちだよぉ…」 泣きじゃくりながら言われても、俺の心は変わらないんだ。 「ごめん。俺は俺の意志で火宮さんの側にいるし、俺は自分で火宮さんの住む世界を選んだ」 「あたしがっ、あたしがつーを、好きだと言っても?」 「え…?」 いきなりの衝撃告白に、一瞬思考が固まった。 「ずっと好きだった。同じクラスになって、一緒にワイワイしていたあの頃から、あたしは…」 え。 だってまったくそんな気配…。 「ねぇつー、お願い。ヤクザなんかやめて。あたしを選んで」 ジッと真っ直ぐ向けられるサエの目は、一点の曇りもなかった。

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