163 / 719
第163話
浜崎さん。浜崎さん…。
祈るように手を組み合わせ、病院のロビーの待合ソファーで、俺は必死に浜崎の無事を念じていた。
あれからすぐ、駆けつけてくれた救急隊員に導かれ、俺は浜崎が運ばれたのと同じ病院に来ていた。
現場はかなりの大混乱で、俺には怪我がないと言ったのに、ならば知人のようなので付き添いを、と、浜崎が担ぎ込まれた救急車に一緒に乗せられた。
病院についてすぐ、浜崎は救急室から手術室に運ばれて行った。
それをただ見送るしかなかった俺は、ポツリと残された廊下から、とりあえず待合ロビーにやって来てこうしている。
周囲には他にも何人か、軽症の被害者やその家族、他の重傷、重体者の家族も駆けつけていて、ザワザワとしていた。
トントン。
「ちょっとすみません」
不意に肩を軽く叩かれ、俺はゆっくりと顔を上げた。
「はい?」
「あ、どうも初めまして。突然失礼します。我々は警察の者ですが、少々お話を聞かせていただきたいのですが」
2人並んだ男の1人が、スッとバッジを提示してきた。
それはドラマでよく見る警察手帳というやつだ。
「え…刑事さん?」
「はい。あなたは被害には遭われていないようですが」
「あ、はい。俺は何とも。ただ知人が…」
目の前で刺された。
あの光景がまざまざと蘇る。
「っ…血が、血が出て…」
目に焼き付いた赤に震えた俺の肩を、刑事さんが宥めるように軽く撫でてくれた。
「ご心境はお察しします。が、落ち着いて下さい。被疑者はすでに確保しております」
「そう、ですか…」
そういえばあの時、通行人たちに押さえつけられている男の姿を見た。
「それでですね、我々は捜査のため、被害者の方の身元特定や、目撃者の方の連絡先をお聞きして歩いているのですが」
「はぁ」
コクンと頷いた頭が、何だかやけに緩慢な動作になってしまった。
「まずあなたのお名前と、その、被害に遭われたという知人の方は…」
刑事さんが質問を言いかけたとき、ふとその後ろから、さらに別のスーツの男の人が現れた。
「どうだ?目撃証言集まったか?」
言葉は刑事さんぽいけど、見た目が厳つく、まるでヤクザみたいな風体の男だ。
「はっ、今集めている最中でして」
「ふぅん。その子も目撃者か」
「はい」
「ふぅん、ふーぅん、あぁ?何かどこかで…」
新たに現れた男が、ジロジロと俺を見る。
「どこかで…ッ!きみは、伏野翼か…」
「え…?」
ジーッと俺を見ていた男が、ハッと目を瞠り、名を当ててきた。
「お知り合いで?」
「ふん。蒼羽会、火宮の情人だ」
「蒼羽会って、あの?えっ?この少年が?」
「データーベース上の情報が正しければな」
途端にぞんざいになった刑事たちの空気を感じた。
「おい、おまえ…」
まるで俺は被疑者か。
急に強い詰問調になった声音にビクッと震えてしまった瞬間、ザワッと周囲の空気が変わった。
「ちょっ、あれ…」
「うわ、イケメン。モデル?」
「キャァッ、格好いい」
ザワザワ、ソワソワ、途端に浮き足立った空気はなんだ。
不思議に思ってみんなの視線をたどって首をめぐらせたそこに。
「え?火宮さん…?」
「なっ、火宮ッ」
ポツリと落ちた俺の呟きと、強面の刑事さんの声が重なった。
「ふっ、こんなところに組対が一体何の用だ」
一瞬チラッと俺を見た火宮の目が、次の瞬間にはスッと刑事さんの方に向かい、キラリと鋭く光る。
あんなに強そうで強気だった刑事さんが、それだけで気圧されたように1歩足を引いた。
最初にいた2人組の刑事さんは、すでに震え上がっている。
「ふ、はっ。答える義理はない」
それでも厳つい刑事さんの方は、すぐにグッと腹に力を入れて火宮を睨み返す。
けれども明らかに、火宮が醸し出す圧倒的な空気感には敵っていない。
「翼。何もされていないな?」
「はっ、貴様らと一緒にするな。俺はデカだぞ」
いきり立った刑事さんを冷ややかに流し見た後、その視線がフッと緩んで俺に戻った。
「来い」
「っ、火宮さん…」
この刑事さんとは知り合いなんだろうか。
互いにそんな空気をしているのが不思議だ。
「翼?」
「あ、はい、でも…」
目撃証言とかっていうのはいいんだろうか。
「いいから来い」
「待て」
火宮と刑事さんから正反対の2つの言葉を投げかけられて、どうしていいかわからない。
「貴様、重要な目撃者を…」
「ふっ、目撃者と言っても、捜査協力は義務じゃない。他を当たれ」
あれだけの騒ぎだ。
そりゃ俺以外にも見ていた人なんていくらでもいるだろう。
「でも…俺」
俺は、浜崎をあんな風にした、俺の見た事件の光景を、ちゃんと刑事さんに伝えておきたいと思うんだけど…。
「俺を待たせるな」
「っ…」
この俺様。
渋ってソファに座ったままでいた俺は、ズンズンと近づいてきた火宮に腕を掴まれ、ふらりと立ち上がることになった。
「あのっ、火宮さん」
「行くぞ」
「あの、その…」
証言!と、戸惑う俺に構わず、火宮はさっさと歩き出す。
「火宮ッ」
「ふん。真鍋」
「はい、かしこまりました」
え?名前呼んだだけで何を。
すべて承知したように頭を下げている真鍋に見送られ、俺はふらふらと火宮に引っ張られていく。
火宮ぁーっ、と叫ぶ刑事さんの声を背後に、火宮は俺を引っ張ってズンズンと病院を出てきてしまった。
「いいんですか?あれ…」
「構わん。真鍋がいいようにするだろう」
「でも…」
「いいから乗れ」
エントランスを出た途端、計ったように目の前に滑り込んで来た、いかにもな黒塗りのセダンのドアを火宮が開ける。
逆らう間もなく、俺は車に押し込まれ、火宮と共にマンションに連れ帰られた。
ともだちにシェアしよう!