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第163話

浜崎さん。浜崎さん…。 祈るように手を組み合わせ、病院のロビーの待合ソファーで、俺は必死に浜崎の無事を念じていた。 あれからすぐ、駆けつけてくれた救急隊員に導かれ、俺は浜崎が運ばれたのと同じ病院に来ていた。 現場はかなりの大混乱で、俺には怪我がないと言ったのに、ならば知人のようなので付き添いを、と、浜崎が担ぎ込まれた救急車に一緒に乗せられた。 病院についてすぐ、浜崎は救急室から手術室に運ばれて行った。 それをただ見送るしかなかった俺は、ポツリと残された廊下から、とりあえず待合ロビーにやって来てこうしている。 周囲には他にも何人か、軽症の被害者やその家族、他の重傷、重体者の家族も駆けつけていて、ザワザワとしていた。 トントン。 「ちょっとすみません」 不意に肩を軽く叩かれ、俺はゆっくりと顔を上げた。 「はい?」 「あ、どうも初めまして。突然失礼します。我々は警察の者ですが、少々お話を聞かせていただきたいのですが」 2人並んだ男の1人が、スッとバッジを提示してきた。 それはドラマでよく見る警察手帳というやつだ。 「え…刑事さん?」 「はい。あなたは被害には遭われていないようですが」 「あ、はい。俺は何とも。ただ知人が…」 目の前で刺された。 あの光景がまざまざと蘇る。 「っ…血が、血が出て…」 目に焼き付いた赤に震えた俺の肩を、刑事さんが宥めるように軽く撫でてくれた。 「ご心境はお察しします。が、落ち着いて下さい。被疑者はすでに確保しております」 「そう、ですか…」 そういえばあの時、通行人たちに押さえつけられている男の姿を見た。 「それでですね、我々は捜査のため、被害者の方の身元特定や、目撃者の方の連絡先をお聞きして歩いているのですが」 「はぁ」 コクンと頷いた頭が、何だかやけに緩慢な動作になってしまった。 「まずあなたのお名前と、その、被害に遭われたという知人の方は…」 刑事さんが質問を言いかけたとき、ふとその後ろから、さらに別のスーツの男の人が現れた。 「どうだ?目撃証言集まったか?」 言葉は刑事さんぽいけど、見た目が厳つく、まるでヤクザみたいな風体の男だ。 「はっ、今集めている最中でして」 「ふぅん。その子も目撃者か」 「はい」 「ふぅん、ふーぅん、あぁ?何かどこかで…」 新たに現れた男が、ジロジロと俺を見る。 「どこかで…ッ!きみは、伏野翼か…」 「え…?」 ジーッと俺を見ていた男が、ハッと目を瞠り、名を当ててきた。 「お知り合いで?」 「ふん。蒼羽会、火宮の情人だ」 「蒼羽会って、あの?えっ?この少年が?」 「データーベース上の情報が正しければな」 途端にぞんざいになった刑事たちの空気を感じた。 「おい、おまえ…」 まるで俺は被疑者か。 急に強い詰問調になった声音にビクッと震えてしまった瞬間、ザワッと周囲の空気が変わった。 「ちょっ、あれ…」 「うわ、イケメン。モデル?」 「キャァッ、格好いい」 ザワザワ、ソワソワ、途端に浮き足立った空気はなんだ。 不思議に思ってみんなの視線をたどって首をめぐらせたそこに。 「え?火宮さん…?」 「なっ、火宮ッ」 ポツリと落ちた俺の呟きと、強面の刑事さんの声が重なった。 「ふっ、こんなところに組対が一体何の用だ」 一瞬チラッと俺を見た火宮の目が、次の瞬間にはスッと刑事さんの方に向かい、キラリと鋭く光る。 あんなに強そうで強気だった刑事さんが、それだけで気圧されたように1歩足を引いた。 最初にいた2人組の刑事さんは、すでに震え上がっている。 「ふ、はっ。答える義理はない」 それでも厳つい刑事さんの方は、すぐにグッと腹に力を入れて火宮を睨み返す。 けれども明らかに、火宮が醸し出す圧倒的な空気感には敵っていない。 「翼。何もされていないな?」 「はっ、貴様らと一緒にするな。俺はデカだぞ」 いきり立った刑事さんを冷ややかに流し見た後、その視線がフッと緩んで俺に戻った。 「来い」 「っ、火宮さん…」 この刑事さんとは知り合いなんだろうか。 互いにそんな空気をしているのが不思議だ。 「翼?」 「あ、はい、でも…」 目撃証言とかっていうのはいいんだろうか。 「いいから来い」 「待て」 火宮と刑事さんから正反対の2つの言葉を投げかけられて、どうしていいかわからない。 「貴様、重要な目撃者を…」 「ふっ、目撃者と言っても、捜査協力は義務じゃない。他を当たれ」 あれだけの騒ぎだ。 そりゃ俺以外にも見ていた人なんていくらでもいるだろう。 「でも…俺」 俺は、浜崎をあんな風にした、俺の見た事件の光景を、ちゃんと刑事さんに伝えておきたいと思うんだけど…。 「俺を待たせるな」 「っ…」 この俺様。 渋ってソファに座ったままでいた俺は、ズンズンと近づいてきた火宮に腕を掴まれ、ふらりと立ち上がることになった。 「あのっ、火宮さん」 「行くぞ」 「あの、その…」 証言!と、戸惑う俺に構わず、火宮はさっさと歩き出す。 「火宮ッ」 「ふん。真鍋」 「はい、かしこまりました」 え?名前呼んだだけで何を。 すべて承知したように頭を下げている真鍋に見送られ、俺はふらふらと火宮に引っ張られていく。 火宮ぁーっ、と叫ぶ刑事さんの声を背後に、火宮は俺を引っ張ってズンズンと病院を出てきてしまった。 「いいんですか?あれ…」 「構わん。真鍋がいいようにするだろう」 「でも…」 「いいから乗れ」 エントランスを出た途端、計ったように目の前に滑り込んで来た、いかにもな黒塗りのセダンのドアを火宮が開ける。 逆らう間もなく、俺は車に押し込まれ、火宮と共にマンションに連れ帰られた。

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