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第171話
「ふぁぁっ、本当、美味しかったです。ご馳走様でした」
贅沢すぎる牛丼を平らげ、店を出てきた俺は、隣の真鍋にペコリと頭を下げた。
「ご満足いただけてなによりです。それでは帰りますか」
「はい…いぃ?」
「何か」
しれっと無表情でとぼけてくれてますけど、何言ってるんだ、この人は。
「帰りませんよっ!」
うっかり返事をしかけてしまった俺は、慌ててブンブンと首を振った。
「まだ気がお済みでありませんか?」
「済むわけないですよね」
どこの世界に、家出をして数十分で、朝ご飯がてらの食事をとっただけで帰る人間がいるかっていうんだ。
「そうですか。では」
スッと一礼して、隣に控える真鍋は本当に何を考えているんだか。
天然というわけではないから、何かしらの企みはあるのだろうけれど。
相変わらずクールな無表情からはその思考が読み取れない。
「あっさり家出を許してくれたかと思えば奢ってまでくれて。なのに帰らせたいとか…」
わけわかんない、と口を尖らせて、俺は行く当てのない足をとりあえず前に進める。
家出だからには、とにかくマンションからは遠ざかろうと、街の方へと歩き出した。
高級ブランド店が道に並ぶ。
場違いだなー、と思いながらもテクテクと歩いていた。
そのときだった。
「おや、翼くん?」
「え?あ」
たまたま近くの店から出てきた、和服姿の貫禄のある見覚えのあるおじさまと、数人のスーツ姿の男の人たちが、俺の方を見ていた。
「七重さん」
「覚えていてくれたか。ん?なんじゃ、今日はその真鍋とお出かけか?」
チラッと俺の隣の真鍋を見て、緩く口元が笑みを作る。
隣で真鍋がピリッと緊張した空気を纏って、深い綺麗なお辞儀をしたのが見えた。
「えーと?お出かけ…まぁ、そう、ですかね…」
スッと俺の左後ろに下がった真鍋が視界から消える。
和やかな表情をしているのに、何だか目だけがとても鋭いような気がする七重が眇めた目をそちらに向けた。
「七重さん?」
何だろう?
不思議に思って、七重と、真鍋をチラリと窺ったけれど、真鍋はいつもの無表情で俺の後ろに佇んでいるだけだ。
『おまえが護衛というのはな…』
「………」
「あの…?」
何だろう。やけに空気が硬い気がする。
「あぁいや。今日は火宮は?」
「あ、多分、仕事です…」
「多分?」
歯切れの悪い言葉になってしまったのをしっかり指摘されてしまった。
「あ、いや、仕事です」
思わず後ろの真鍋をチラ見してしまったのにもしっかり気付かれてしまい。
「訳ありか」
「あ、その…はい」
七重ほどの人間に、内心を見透かすようにジッと見つめられては、誤魔化しようもなかった。
「やはり護衛じゃなく監視か」
くっ、と笑う七重は、何だかよくないことを思いついたときの火宮によく似ていた。
「真鍋。翼くんを借りるぞ」
「本人がよろしければ」
どうぞって。
俺はモノか。
「なら翼くん、これから俺と昼メシでもどうだ」
「あー、えと…ついさっき、朝ご飯っていうか、昼ご飯っていうか、ちょうど食べちゃいまして…」
ものすごく半端な時間なのは分かっているんだけど、お腹はいっぱいだ。
「うむ。ではうちに遊びに来るか」
「遊びって…」
『うち』というのは、あまりに気楽に言われているけど、七重組の本家のことで。
「嫌か?」
「嫌というか、その…」
本当は今の俺には願っても無い滞在場所かもしれないけど。
「どうかオジサンの話し相手をしてくれないか?暇で暇でな」
後ろで「オヤジ?!」と沸いているスーツの人たちがいるんだけど、いいのだろうか。
七重の気遣いと好奇心は分かってるんだけど、俺の知識じゃ簡単に判断できることじゃなくて。
そっと後ろの真鍋を窺ったら、静かに頷く目と出会った。
「あなたがそうなさりたいのなら、甘えてしまって構わないかと」
火宮的にも、だろうか。
口には出していない内心を読んだのか、真鍋はすべてを分かったようにゆるりと微笑んだ。
「あの、じゃぁ、七重さん…」
「あぁ。行くか」
「はい。でもその…」
「いい、いい。込み入った事情はうちについてからでもゆっくりとな」
スッと伸びて来た手がふわりと頭に触れて、俺はなんだか思わず泣きそうになった。
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