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第175話
「翼」
目の前に影が落ちたのは、火宮が屈んだからで。
そっと伸びてきた火宮の手に両頬を包まれて、俺はされるがまま、ゆっくりと顔を上げた。
「っ、ひ、みや、さん…」
「翼、いい」
「っ?!」
「おまえは何も悪くない」
なっ…。本当、もう、この人は。
「なんで。なんでっ…」
許さないでよ、こんなに簡単に。
「全て俺のせいだ。全部俺のせいにしていい」
「っーー!」
ぶわっと再び浮かんだ涙が、ボロボロと目から溢れた。
「翼」
「っ…」
「来い」
っ!
グッと腕を引かれて、よろりと立ち上がった身体がきつく火宮に抱き締められた。
大好きな火宮の匂いが、ふわりと鼻をかすめる。
「っー!俺っ、俺…」
「いいんだ、いい。何も言うな」
「でもっ…俺」
「いい。そもそも俺がヤクザだから、おまえに窮屈な護衛をつけなくちゃならなかった」
「でもそれは…」
知ってて好きになった。
「この先も、俺がこの立場でいる限り、翼にはずっと意に反した思いをさせ続けることになる」
「っ…それも」
分かってて側にいたい。
「それが嫌だと言われても、俺はおまえを手放せない」
「っ、ひ、みや、さ…」
「だから、全て俺が悪い」
「っ…」
痛いほどに伝わる、火宮の想い。
「それでも俺はおまえを」
愛してる。
言葉にこそならなかった、その想いは。
ギュッと固く抱き締められた腕から、触れ合った全身の震えから、痛いほど、苦しいほど、切ないほどに伝わってきた。
「っ、俺は…」
「もういい。何も言うな」
分かっている。
その言葉は重ねられた互いの唇の中に吸い込まれていき、代わりに熱い舌から痺れるような愛おしさが伝わる。
「ん、っ…刃」
お返しだとばかりに舌を絡めて、精一杯の想いを伝える。
「んンッ、刃。じんっ…」
自分だけを悪者にして。
俺の全てを包み込んで。
なんて大きな人だろう。
なんて優しい人だろう。
「んっ、はっ、ンッ…」
それだけ多くの修羅場をくぐった。
それだけ多くの傷を持ってる。
「好き。好き」
たまらない愛おしさが溢れて、どうしようもないほど涙が溢れて。
「愛してます」
やっぱりあなたの全てを、どうしようもなく。
「翼?」
カクンッと力の抜けた膝をいいことに、そのまま畳に跪き、そっと頭上の火宮を見上げる。
「愛してます…」
それは俺の覚悟と誓い。
そっと火宮の手を取って、片膝を立てて。
気恥ずかしいけど恭しくその手の甲にキスを落とす。
「翼」
スゥッと薄く細めた目が妖艶に笑って、俺の想いが伝わったんだと分かる。
それほど緋色にまみれても、厭わぬその手を、俺は取る。
ふわっと緩んだ火宮の顔に見惚れた瞬間。
ゴホン、ゴホンとわざとらしい咳払いが響いた。
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