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第176話

「っ、あ!」 「あぁ、すっかり忘れていたな」 パカッと開いてしまった俺の口と、ニヤリと意地悪い笑みに変わってしまった火宮の顔が、同時に真横に向いた。 「なっ、七重さんっ…」 すみませんっ、と肩を竦める俺と。 「失礼しました、オヤジ」 まったくもって感情のこもっていない火宮の台詞。 「はぁぁっ。他所でやれ、他所で」 シッシと呆れた顔で手を振る七重に、俺の方は居た堪れないったらない。 「クックッ、羨ましいですか?」 だーかーら、この人はぁっ! 「そのままおっ始めはしないかとハラハラしておった」 「生憎、露出趣味はありません」 な、なんなの、この人たち…。 平然と下ネタを振ってくる七重も七重だが、動揺1つ見せずに切り返している火宮も何なのか。 1人ジタバタしている俺がおかしいみたいじゃないか。 「ったく、おまえのそんな惚気た顔を見る日が来ようとはな」 「ふっ、こいつだけが特別です」 「ふん。惜しげも無く火宮にそんなノロケを吐かせるとはな。すごい子だよ、翼くんは」 そう言われても…。 「その張本人にだけまだいまいち自覚が欠けているのがね…」 「そこもいい、という顔をして何を言っとるんだ」 「ククッ、妬けますか?」 「ふん。妬くのはおまえだ、火宮」 突然、ニヤッと悪巧みをしたような七重の顔が、チラリと俺のスマホに向けられた。 「っーー!」 な、何を…。 バレる、バレるー!と焦った俺は、慌てて落ちていたスマホを拾い上げた。 「翼?」 もちろん火宮の怪訝な視線はバッチリ俺に向いていて。 「な、何ですかー?」 えへっ、と誤魔化し笑いを浮かべながら、サッと素早くスマホをポケットにしまう。 「ふぅん」 「な、何ですか…」 その意味深な呟きと、眇められた双眸から、何とも悪い予感がひしひしと押し寄せる。 「まぁいい。それは帰りの車ででもじっくりとな」 「っ?!」 あれ? これってすでにバレてる感じ? ニヤリと笑った火宮の向こうには、ニヤニヤと悪戯が成功して喜んでいる子どものような顔をした七重も見えた。 「なっ…」 火宮にバレたら俺がお仕置きされると知っているくせに。 「ふははっ、ほんのスパイスだ」 「っーー!」 ここにもどSが! さも愉しげに揺れている七重の目が憎らしい。 「どうせ火宮は先ほどの流れでこれから翼くんを可愛がる予定なんだろう?ついでにこの俺からとっていった火宮にイケズをした意地悪くらいは織り交ぜさせてもらわんとな」 「っ…」 ふざけているように見えて、七重は。 俺の心をそうやって軽くしてくれている。 「もう…何で俺の周りにいるヤクザさんはみんなどSで…」 深く深く寛容なんだ。 火宮も真鍋も、この七重まで。 「それはおまえがMだからだろう?」 何を今更、と笑った火宮だけれど。 「っ!だからっ、俺は断じてMではっ」 「ククッ、とりあえず翼、帰るぞ」 「だからーっ」 ヨシヨシ、って頭を撫でてくる火宮は俺の喚きなど完全に聞こえない振りなのが分かって。 「火宮さんっ!」 「ククッ、なんだ?あぁ、プリンを貰っていきたいのか。いいですよね?オヤジ」 「は?だから違…」 「構わん。中条に言って土産に包ませる」 いやだから! そうじゃなくって…。 ジタバタ喚く俺の叫びは完全に無視で、火宮はさっさと俺の腕を取り退室して行こうとしている。 七重は七重で中条を呼んでプリンを箱に詰めさせているし。 「あ゛ーっ、もうー!」 「ではオヤジ、失礼します」 意外や意外。部屋を出る直前で、ピシッと背を伸ばした火宮が最敬礼で七重に頭を下げた。 「っ?!」 「あー、分かった、分かった。おまえがそう殊勝だと気味が悪い」 「ククッ、言ってくれますね」 シッシと手を振っている七重の表情が柔らかい。 火宮は不遜に笑っているけど、何だか纏っているオーラはやっぱり柔らかくて。 「っ!あのっ、ありがとうございました」 どちらにともなく、深く頭を下げる。 「くくっ、そんなプリンでよけりゃ、いつでもやるぞ」 いや、そのお礼じゃないけど。 もう七重の言い回しは分かってる。 「ほら、翼、行くぞ」 こっちはこっちでスルーした振りの優しいエスコートか。 2人の許しがジーンとするほど嬉しくて、すんなり俺の足は従う。 重かった心と空気はすっかり払拭されていて。 「さてと、翼。それで、スマホがどうした?」 車に乗り込んで、ニヤリと不敵な笑みから始まった火宮の追求。 「あ、ぅ…」 それもついでに水に流して…は、くれないですよね? あぁ、はたして俺はどこまで白状しないでいられるだろうか…。

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