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第178話
「っ!」
やっと解放されると思ったのに。
スッと表情も纏う空気も冷たく引き締めてしまった火宮が、ソファから離れて入室してきた人物の方へ向いてしまった。
「失礼致します…お取り込み中でしたか?」
チラッと俺に向いた視線は何をどこまで察しているのか。
グッと喘ぎを堪えて噛み締めた唇がピリッと痛む。
「構わん。どうした、真鍋」
スゥッと冷たく細めた目が、入り口に立つ真鍋に向かう。
それは俺が見慣れない、ヤクザのトップとしての火宮の顔で、またも俺は放置されてしまうことを察する。
「んっ…んンッ…」
上がる息を抑えるせいで、辛さと苦しさが混ざった生理的な涙がポロリと落ちる。
デスクにゆったりと戻った火宮が、不意にローターのリモコンを弱に戻してくれた。
「っぁ…?」
「ククッ、それで真鍋、用件は」
冷徹に響く火宮の声が聞こえる。
けれど俺の熱が高まった身体は、もう振動を弱められたところで、もっともっとと貪欲に快感を求めるだけで。
「っ…ぅ」
むしろ微弱な刺激になってしまったことが、余計に辛いのを火宮は分かっているのか。
「真鍋?」
「あ、はい。今回の件の謝罪を改めて」
「あぁ」
「それから当面の手配は済ませましたので、急ぎの仕事がないようでしたら、私は本日これから…」
チラッと俺に向いた視線は何なのか。
少し言いにくそうにした真鍋が見える。
「あぁ、3日間の謹慎処分だ」
「っえ…?」
冷ややかに響いた火宮の言葉に、びっくりしたのは俺だけだった。
真鍋は冷静な表情のまま、深々と頭を下げている。
欲情に飲み込まれてしまいそうになりながらも、俺はその意味を必死で考えた。
「っ、ぁ…俺のっ、せい…?」
家出になんか加担させてしまったから。
「私の意志でしたことです」
「っ…」
静かに目を伏せる真鍋の感情はいまいち読み取れない。
「火宮さっ…んっ、あっ、やっ!」
違を唱えようとしたのを察したのか、不意にローターの振動が強められた。
「んぁぁっ、やぁぁ…」
やばいから。
本当もう、散々煽られた快感はかなり限界に近いんだって。
モゾモゾと捩れてしまう腰を止められず、俺は涙の浮かんだ目で火宮を睨んだ。
「ふん。翼が何を言おうと、真鍋が俺の意向に逆らって勝手をしたのは事実」
「っ…」
「それなりの処分をくれてやらなければ示しがつかん」
嫌でも、という言外の言葉が聞こえて、俺はハッと目を見開いた。
「真鍋の考えくらい分かっている。真鍋もこうなる覚悟くらいはしていたさ」
「えぇ。ですから翼さんは私のことはお気になさらず」
『そもそも自分の罰だけで手一杯でしょう?』と語る目が居た堪れない。
一体真鍋は俺の状況のどこまでが分かっているのか。
両手の拘束と、火宮の手の中のリモコンは明らかにバレている。
「んっ、あぁっ!」
ちょっ、いきなり強にするとか、何の嫌がらせだ。
ニヤリと笑った火宮と、呆れたように苦笑した真鍋に涙が出てくる。
「っ、もう…」
分かったから出て行って。
っていうか、コレ止めて。
切なる願いは2人に届くのか。
「それで?おまえの穴は」
う。またも会長面になった火宮に、願いが跳ね除けられたことを悟る。
「2、3日のことですので、全て池田に」
こちらもシラッとクールに返している真鍋が、やっぱりまだ退出する気配はない。
「池田か。まぁいいだろう。翼の方は?」
「勉強の方は、2、3日足踏みをしても問題ない進度ですので、お休みを」
「あぁ」
「護衛、外出付き添いは手島に申し付けてあります」
「分かった」
なんか俺の名前が出ているけれど、ローターの刺激が再燃して、思考が散り散りになっていく。
「では他に何もなければこれで」
「あぁそうだな。いや、最後に1つ。真鍋、おまえの手で、翼にこれを飲ませていけ」
え?何?俺?
怪しげな気配と台詞がかろうじて耳に届いて、俺は悶えながらも何とか火宮たちの方へ目を向けた。
「会長…これは」
火宮から真鍋の手に渡ったのは、何かの小瓶だ。
薄っすらとしたピンク色の液体が入っているようだけど、多分、イチゴジュースとかいうんじゃない、それは。
「今回は正真正銘、媚薬だ」
やっぱりー!
予想が当たってもちっとも嬉しくない現実。
真鍋もさすがに一瞬戸惑ったのが分かる。
「ククッ、2人で共謀して家出なんぞを働いたんだろう?俺のいない隙に、いつの間にそんなに仲が良くなった」
スゥッと眇められた火宮の目に揺れるのは、独占欲か、嫉妬か。
「っ、違…」
「会長、お言葉ですが私は決して…」
俺と真鍋の同時の反論は、今の火宮に最悪なタイミングだった。
「言葉まで被るときたか?」
「っ、そんなの…」
ただの偶然だし。
「はぁっ。分かりました」
「ククッ、おまえはさすがに話が早い」
待って。
諦めたように小瓶を持ったまま近づいてくる真鍋に、恐怖しか感じない。
「翼さん、残念ですがお諦め下さい」
「っ?!」
「これは私たちへの会長からの仕置きと、踏み絵です」
「っ…」
仕置きって。踏み絵って。
俺には何が何だか分からない。
「申し訳ありませんが、飲んでいただきますよ」
「嫌…。真鍋さん?」
どれだけの作用があるものかは分からないけれど、媚薬と聞いてそれを口にするわけにはいかない。
フルフルと首を振り、やめてと必死で真鍋を見上げたら、冷たい微笑が返ってきた。
「私はあなたの願いではなく、会長の命令を優先します。あなたを切り捨て、地獄へ突き落とさせていただきます」
「っー」
あぁ、だから、踏み絵か。
それを飲まされれば、俺がこの後どんな目に遭うのか分かっていて、それでも真鍋は俺に薬を盛れるという。
「会長に黙って2人で出掛けた罰でしょう。どうぞ私をお恨み下さい」
それが仕置きか。
俺の信頼を真鍋は失い、俺は快楽地獄へ堕ちてゆく。
「っ…」
あなたが火宮よりも俺を優先してくれることがないのは分かっていた。
だって家出のことだって、真鍋の本心はちゃんと別にあって、いつだって真鍋は火宮のためを思って動く。
「妬けるのは俺の方なのに…」
火宮は俺と真鍋に妬いて、こんな意地悪をする。
「どうした?真鍋。翼に絆されたか?」
「いいえ」
っ…。
冷たく無慈悲な真鍋の手が、キュッと小瓶の蓋を開けたのが見えた。
「口を開けて下さい」
従わなければ、この人は無理やりこじ開けてでも薬を流し込むことだろう。
「っ、ん。あ」
どうせ俺の運命はもう決まっている。
もうどうにでもなれ。
軽く「あ」の形に開けた口の中に、躊躇いも容赦もなく、怪しいピンク色の液体が流し込まれた。
「これでよろしいですか?」
「あぁ」
「では、失礼いたします」
ゴクン、と液体が俺の喉を通ったところで、真鍋が綺麗にお辞儀をして部屋を出ていった。
「っ、ぅ、火宮さん…」
特に匂いも味もなかったけれど、火宮が媚薬とはっきり口にしたんだから嘘じゃないんだろう。
「ククッ、仕事も切りがついたことだし、翼。さぁ、ゆっくり立ち上がってこっちへ来い」
デスクの方を示され、ニヤリと唇の端を吊り上げた火宮の言葉は、従いたくない悪魔の誘い。
けれども俺の身体は、操られたようにフラリとソファから立ち上がる。
「っ…」
途端にゾクッと中心部に熱が湧き上がり…。
それは、仕置きと言う名の快楽地獄の始まりだった。
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