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第185話

そうして滞りなく採寸が済み、今度は火宮と一緒に車でジュエリーショップまでやって来た。 店内は明らかに高級店という内装で、いきなりそれだけで緊張する。 その上さらに、店内に一歩入った途端、ちょい髭のオーナーさんらしき人が素早く寄ってきて、頭を深々と下げるものだから、庶民な俺は完全にびびりまくって、ガチガチのまま火宮にくっ付いた。 「これは火宮様、ようこそお越しくださいました」 「あぁ。ククッ、翼、そう固くなるな」 ギュッと握り締めてしまっているスーツの袖を笑われたけど、だってこんな高級店、慣れてなんかいないんだからしょうがない。 「本日は…」 「あぁ、これに指輪をとな」 「さようでございますか。それではどうぞこちらへ。お連れ様も」 隙のないスーツ姿のオーナーさんらしき人が、ふわりと淡い笑みを浮かべてくる。 「あ、う…」 「ほら翼、来い」 そっとエスコートされて連れていかれたそこは、店内奥の、扉で仕切られたいかにもな部屋だった。 「これってVIPルームとかいう…」 どう見たって高級ソファ。なんかテーブルにはキラキラした装飾がついているし。その上にはやっぱりキラキラした器みたいなのが乗っていて、絶対高級品だっていうお菓子が綺麗に盛られている。 「翼?」 「う、わ…」 悠然とソファに腰掛けた火宮の横に、恐る恐る腰を下ろす。 ほどよいクッションが、心地よく身体を受け止めてくれた。 「ククッ、本当、おまえは…新鮮だ」 「はぁっ?」 まさか反応を楽しみたくてこんなところに連れて来ているのか。 「ふっ、そう毛を逆立てるな。言っただろう?おまえに指輪を作りに来たと」 いやむしろ、それこそ「はぁ?」だ。 「なんだ」 「いえ…。その、指輪って…」 急に何なんだ。 「ククッ、恋人にアクセサリーをプレゼントしてはいけないか?」 「は?プレゼントって…」 誕生日はまだ先だし、特に何のイベントもなかったと思うんだけど。 「ふっ、何か特別な理由がなければプレゼントをしては駄目なのか?俺はただ、恋人とペアリングをしたいと思っただけだが」 「定番だろう?」と笑っているけど。 「え?ペアリングー?!」 いやまさか。この火宮がそんな『普通』の発想を持ち出してくるなんて。 「まったく、おまえは俺を何だと思っているんだ」 「え。だって暴れるサークルさんで、会長さんで、どSで意地悪で…。普通とは程遠くて、所有の証とか言ったら、指輪っていうより首輪とか言い出しそうなヘンタ…」 「ほぉぉぉ?」 「あ。いや、ナシ。今のナシ!」 やばい。 またうっかりとツルツル口が滑っていた。 ニヤリと悪い笑みを浮かべた火宮が見えて、今更ギクリとなる。 「それは首輪が欲しいという催促か」 「っ、ちっがーう!断じて違います。指輪がいいです。ペアリングってステキー」 あぁ、思い切り棒読みになっちゃったけど、首輪なんかよりはぜひ指輪で。 ワタワタと慌てて叫んだちょうどそのとき、オーナーさんが1人の男の人を連れてやってきた。 「失礼いたします、よろしいでしょうか、火宮様」 「あぁ。そちらは?」 「はい。指輪をご所望とのことで、フルオーダーでお作りになるかと思いましたので」 「あぁ、よく分かっているな。だからこの店はいい」 悠然と足を組んだ火宮が、恐縮して頭を下げるオーナーさんを目を細めて見る。 「ありがとうございます」 「なるほどそちらはデザイナーか」 少し遊び心の入ったお洒落なスーツの男をチラリと見て、火宮は納得顔で頷いた。 「はい。朝倉」 「初めまして、ジュエリーデザイナーの朝倉と申します。今回、火宮様のオーダーを担当させていただきたいと思います」 多分20代後半くらいだろう。 緩くウェーブのかかった髪が良く似合う、イケメンの部類の男が上品に微笑む。 「こちらの朝倉は、この業界屈指のトップデザイナーです。火宮様にもご満足いただける仕事ができるかと」 「そうか」 「もしお気に召さない点がありましたら、いつでもチェンジしていただいて構いません」 なるほどそれは、それだけの自信があるということか。 ゆったりと頭を下げる朝倉というデザイナーからは、堂々とした自信がみなぎっている。 「クッ、いいだろう。とりあえず任せよう」 「ありがとうございます。そうしましたらさっそくですが、まずはどのようなジュエリーやデザインがお好みか、カウンセリングから入りたいと思いますが」 緩く伏せていた目を上げた朝倉の言葉で、火宮がチラリと俺を見てきた。 「分かった。翼」 「へ?は、はい」 「おまえが好きなものを好きなようにデザインしてもらえ」 「え?俺?」 思わずキョトンとなってしまったら、火宮が薄く笑みを浮かべて頷いた。 「おまえが決めたデザインで、俺のサイズも作ってもらうからな」 「え…。でも火宮さんの好みは…」 「おまえのセンスでいい」 うわ。責任重大だ、それ。 「では、ええと…」 「伏野だ」 「伏野様。あちらでお話を色々と聞かせて下さい。よろしければ既製のものをご試着、ご覧いただきながらイメージを膨らませていただいてもよろしいかと思います」 「はぁ…」 指輪のフルオーダーって、そもそも何をどうしたらいいんだか。まったくもって知識も経験もない俺を、朝倉は優しく促してくれる。 「翼、行ってこい。俺はここでゆっくり待っているから」 「はい…」 とりあえず朝倉について行けばいいのか、と思った俺は、ソファから立ち上がって朝倉にペコンと頭を下げた。 「よろしくお願いします」 「こちらこそ」 ふわりと穏やかに微笑む朝倉は、火宮とはまた違ったタイプのイケメンだ。 何だか突然とんでもないことになったなー、と思いながらも、火宮とのペアリング、に心がワクワクと浮き立った。

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