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第188話

カサッ…。 「あ…」 ポケットの中から上がった紙が擦れる音に、俺はハッとその存在を思い出した。 あれから本当に火宮とラーメンを食べに行き、やっぱりイケメンは何を食べさせてもイケメンだ、なんて感心しながら満腹になって店を出て。 午後は少し仕事だという火宮と分かれ、1人帰ってきたマンションでのんびり過ごして、今。 今日は早めのお帰りだった火宮に勧められ、先に1人でお風呂に入ろうとして気がついた。 脱ごうとしたパーカーのポケットに、無理矢理押し付けられた名刺があった。 「っ…だって、似合わないラーメン、一緒に食べに行ってくれたもん…」 誰にともなく浮かぶ言い訳は、一体何に対しての言葉なのか。 「大丈夫、俺はちゃんと火宮さんに大事にされてる」 だけどそれも今だけの話だ、と囁く悪魔の声が聞こえる。 「っ、違うっ…」 『だから紹介してよ』と、綺麗で色気のある顔で微笑む廣瀬を思い出す。 「そんなのっ…」 『テクも上だ』 「っ、俺はマグロじゃないしっ…多分…」 自信満々に言い放たれた声が耳に蘇る。 「きょ、今日は俺だって…」 確かにいつもいつも、えっちなことは火宮に仕掛けられて、火宮に主導されているのは間違いないけど。 「や、やればできるし!」 廣瀬になんか負けない。 メラメラと対抗心が湧き上がり、今日は俺から誘ってやる、と気合いが入る。 ギュッと力を入れた拳の中で、元々丸まっていた名刺が、さらにクシャリと潰れてしまった。 「紹介なんかも…俺はしないから」 クシャリと丸めた名刺を、俺はそのまま脱衣所のゴミ箱に放り捨てた。 「っ、火宮さん…お先にです」 「あぁ。……翼?」 やばい。 張り切って、勢いでバスローブを羽織っただけで出てきてしまったけれど、やっぱりものすごく恥ずかしい。 「っ…ぁ、俺…」 怪訝な顔で俺の姿を見て来る目が居た堪れない。 「ふっ…」 「あ、あのっ…」 ど、どうしよう…。 ここまでしたはいいけれど、ここからどうやって誘ったらいいか分からない。 「翼?」 「えっと…し、しましょう!」 あ…。なんか間違えた…。 ククッ、と、どうしても堪え切れない、といった様子で、身体を軽く折りたたんだ火宮の目が弧を描く。 「ふっ…」 カァッと顔を熱くしながら、ワタワタと慌てたら、ふわりと薄く微笑んだ火宮が、ソファから立ち上がった。 思わずビクリと身体が跳ねる。 緊張からか恐怖からか、喉がカラカラに乾いた。 「っ、俺っ…」 「ククッ、すぐにシャワーを浴びてくる。ベッドで待っていろ」 ゆったりと側までやって来て、ポンと頭を撫でてくれた手にホッとした。 引かれたわけじゃなかった。 察してくれた火宮に感謝しながら、カァッと熱くなった頬をそっと両手で包み込む。 『ククッ…』 肩を揺らしながら浴室に向かう後姿には、ちょっとだけ不貞腐れた気持ちが湧き上がった。

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