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第206話

本当、こうしていると格好いいんだよな…。 ぼーっと眺めてしまうのは、デスクでバリバリと仕事をこなしている火宮の姿。 真鍋が用意してくれたゲーム機は手の中にあるけど、さっきから一向にストーリーが進んでいない。 本当、デキる男、ってやつだよなー。 恐ろしいほどのスピードで書類に目を通し、パソコン画面を見つめる目は休みなく動いている。 ブラインドタッチはお手の物で、そのタイピングスピードがまた驚異的だ。 「ククッ、なんだ」 「え…?」 「穴が開く」 「は?」 え。まさか俺が見つめているの、気づいてた? チラッともこちらを見ない目で、何で分かるのか。 今だってパソコン画面に向かったままの目は、俺の方には向いていない。 「べ、別にっ、火宮さんを見ていたわけじゃ…」 「ほぉ」 「そ、そのパソコンの機種って何かなーと…」 く、苦しい…。 咄嗟に口から出たのが、あまりに無理がある出任せなのがやばい。 「ククッ、そんなことに興味があるか?ふっ、何だ。真鍋がくれたゲームはお気に召さなかったか?」 ニヤリと笑った口元が見えたかと思ったら、タンッ、とキーボードを小気味よく叩いた火宮が、くるりと椅子を回転させた。 「え?いえ…最新の、中々手に入らないやつだし…」 むしろよく突然用意できたものだと思う。 人気なだけあって、オープニングから確かに面白いけれど…。 「クックッ、それにしては、ほとんど進んでいないようだが…」 不意に椅子から立ち上がってソファまできた火宮が、ひょいとゲーム画面を覗いてきた。 「っ、あ…」 「ククッ、ジン?」 ニヤァッ、と笑ったその顔が嫌だ。 「ち、違いますよっ?これ、元々!俺じゃないです!デフォルトネーム!」 「ふぅん?」 やばい…。 俺は普段、プレイヤーが好きに変えられるタイプのゲーム主人公の名前は、必ず自分の好きにしている、ってことを多分火宮は気づいている。 「わ、わざわざ変えるのが面倒だっただけで…」 あぁ、言い訳の声がどんどん小さくなってしまった。 「ククッ、そういうことにしておいてやるか」 「う…」 そりゃ、初期設定を見た瞬間、『え?ジンって、これは、このままやるしかないでしょ』とか思っちゃったわけだけど。 得意げに、満足げに緩むその頬がなんかムカつく。 「真鍋さんがこのゲーム選ぶから…」 知っていて選んだとは思わないけど、何かに八つ当たりしたくなる。 「ククッ、有能だろう?」 「うー。あ、でもそういえば、俺、もう1度ちゃんと謝…」 「必要ない」 「え?」 「その件はもう手打ちだ。だから真鍋も今日は普通だっただろう?」 確かに罰は受けたし、真鍋はもう気にした様子は皆無だったけど…。 「掘り返すな。それより翼、多分そろそろ…」 ふと、火宮が入り口のドアに視線を向けた瞬間、あまりにタイミングよく、コンコンとノックの音が響いた。 「ん?」 「入れ」 窺うように薄く開いたドアに、火宮の冷ややかな声が向く。 ゆっくりと開かれたドアの外から、男が2人、入ってきた。 「失礼いたします、会長。夏原さんをお連れしました」 ペコリと深く頭を下げたのは池田だ。 俺も見知った、真鍋の部下だか補佐だかの幹部さん。 「ご苦労。真鍋は…所用、か」 ふっ、と瞳を緩める火宮に、池田がなんともいえない顔をした。 「まぁいい。下がれ」 「はい、失礼します」 またもペコリと頭を下げた池田が、早々に退室していく。 後に残されたのは、シャープな美貌に薄いフレームの眼鏡をかけた、インテリ風のスーツ姿の男だ。池田は「夏原」と呼んでいたか。 暴れるサークル関係者にしては、ダークな雰囲気がなく、スーツの色も明るいグレーで、光沢がある感じといい、同色のベストも中に着ているところといい、なんかお洒落だ。 「ご無沙汰しています、火宮会長」 優雅に頭を下げた男の動きにつられて、サラリと揺れたのは、背中の中程にまである長い髪だった。 男の人で、ロングヘア。 首の後ろで無造作に1つに束ねている感じなのに、やっぱりお洒落で、この人は…。 「うーん、モデルさん?」 初めはどこかの社長さんかとも思ったけど、この人、火宮を『会長』って呼んだし…。 「ククッ、だとさ、夏原」 面白そうに火宮が喉を鳴らし、苦笑しながら俺の方に身体を向けた「夏原」という男のスーツの胸に、俺はふと光るものを見つけた。 「あ。弁護士、さん?」 「ほぉ。良く知っていたな」 クッと笑った火宮の目は、馬鹿にするような感じではなく、純粋に感心している。 「いや、その、ゲームで…」 一時期はまったんだよな。 法廷モノのアドベンチャーゲーム。 確かその中に出てきたバッヂが、この夏原って人がしているやつだった。 「ククッ、なるほどな。紹介しよう。うちの顧問弁護士の夏原だ」 「初めまして、弁護士の夏原海里(なつはら かいり)です」 優雅な会釈と艶やかな微笑み。 何だか心にするりと滑り込んでくる感じの声は、さすが弁護士さんか。 同時に差し出された名刺を、とりあえず反射的に受け取るけど、俺はビジネスマナーなんて分からないから、これでいいのだろうか? 「ククッ、なんだ」 「いえ、その…」 思わず助けを求めるように火宮に向けてしまった目を笑われる。 「なるほど。これでは可愛くてたまらないわけですね」 「ククッ、まぁな。夏原、紹介するまでもないだろうが、一応、これが翼。伏野翼、俺のイロだ」 ポン、と頭に手を置かれて、どうしようかと思う。 自分でイロですなんて名乗れないし…。 「えっと、初めまして…。伏野翼です…16歳です」 「ぷっ…クククッ…」 「っ…ど、うも、よろしく。これは、これは。火宮会長のお気持ちがよく分かりますよ」 あれ。 何か間違えた…。 火宮は遠慮なく笑い声を漏らしているし、夏原は堪えているけど目が笑っちゃっている。 「あの…」 「ふっ、やらないぞ」 「分かっていますよ。だって本日の依頼は…」 何やら意味深に視線を交わし合った火宮と夏原が見えて、俺は困惑しながら、とりあえずゲームをオフにして火宮を見上げた。

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