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第207話

「ふっ、そうだな。とりあえず夏原、そっちに座れ」 クイッと俺たちがいるソファの向かいを示した火宮に、夏原が優雅に一礼してそちらのソファに腰を下ろした。 「あの…」 俺の隣にドサッと座ってきた火宮に、俺はますます戸惑ってしまう。 顧問弁護士さんが来たってことは、何か仕事の大事な話なんだろうし、俺がこんな風に同席していていいものか。 しかも紹介された意味も分からないし。 「えっと…俺、外してますね」 とりあえず席を立とうとした俺は、何故か火宮に腕を引っ張られて、ソファに余計に深く埋まることになった。 「っ…あの?」 「当事者のおまえが退席してどうする」 「は?え?当事者って…」 何?俺、何かやらかしたの? 弁護士が必要になる何かって…。 思い当たる節がない。 「ククッ、翼、今日はな…」 ふっ、と目を細めてから、夏原に視線を向けた火宮が頷く。 それを受けた夏原も軽く顎を上下させ、スッと持っていた鞄から、大き目の茶封筒を取り出した。 「本当は、指輪が完成してから、きちんと言い出すつもりだった」 「え?」 指輪って、この間作り始めたペアリングの話? あぁ、そのことを思い出したら、やなことまで思い出しちゃった。 「まぁそのせいで、あんな小物のケチがついたわけだが…でも、それでやはり、おまえの気持ちがよく分かったし、今回、夏原を呼んだ件も、形や順番に拘らず、早くに切り出すべきだと思った」 「あの…?」 全く話が読めない…。 「少し前から考えていたんだ。遅かれ早かれ言い出すつもりでもいた」 な、何だろう。 火宮の顔が、やけに真剣だ。 「翼、開けてみろ」 「え…?」 クイッと顎をしゃくって示されたのは、テーブルの上に差し出されていた封筒で。 「あの…?」 「どうぞ」 にこりと微笑んだ夏原にまで促され、俺はそっとその封筒に手を伸ばした。 「え…」 まぁ見た感じから、中身は何かの書類だろうとは思ったけれど。 「っ!な、んで、すか…これ」 封筒を開けて中身をスッと引き出した俺は、そこに書かれていた5文字の漢字を見て目を見開いた。 「見た通りだ。読めるか?」 「読めますよっ…」 それほど難しい漢字が書いてあるわけではない。 「意味はわかるか?」 「っ…」 文字自体の意味は分かる。 理解できないような単語ではないから。 だけどこの書類がここにある意味は…。 戸惑って、隣の火宮をふらりと見上げたら。 っ!この人、こんなに柔らかく、こんなに穏やかに笑える人、なの…? それは、俺でも、今までに1度も見たことがないような、深く深く愛を湛えた、眩しいほど綺麗な火宮の微笑みで。 「翼。結婚しよう」 っーー! ぶわっと、目から、胸から、身体中から。 熱い熱い何かが込み上げた。

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