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第215話
そうしてたどり着いたのは、やっぱり高級過ぎず、だからといって庶民的過ぎもしない、とてもお洒落な店だった。
「ふふ、いいお店でしょ」
にこりと微笑む夏原は、本当、さっきからつくづくすごいなー、と思ってしまう。
何せ入り口からまずエスコートしようとドアに伸ばした手は真鍋に先を越され、真鍋のために引いた椅子は華麗に無視され、その真鍋は俺に椅子を引いてくれて、さっさと俺の隣に座っている。
「ここのピザ、すごくおすすめ」
まったくめげない笑顔のまま、真鍋に向かって差し出したメニュー表は、またも華麗に俺の前に移動していた。
「本当、つれない。ゾクゾクする」
「どM…?」
射るような冷たい真鍋の視線を、嬉しそうに平然と受け止めている夏原に、思わずうっかり口が滑った。
「クスクス、どうかな?こういう優位に立っているクールビューティなどSを、屈服させて俺の下に組み敷くのがいいんだよね」
「………」
途中から真鍋に耳を塞がれてしまい、半分も聞こえなかった。
「え?なんて?」
「聞かなくていいです、翼さん。耳が穢れます」
「クスクス、本当酷いなー。その気位の高さ。へし折ることを考えると、それだけでイけそう」
何やら夏原の口がパクパクしたかと思ったら、隣から、絶対零度も凌ぐかと思われるほどの冷気が漂ってきた。
「帰りましょうか、翼さん」
「は?え?」
夏原さん、何を真鍋さんを怒らせたの?
「能貴。逃げるの?」
「あなたの挑発には乗りません」
「ヒュゥッ、さすが。そう冷静で頭が切れるところもいい。それが崩れて、俺の足元で乱れて泣く姿が見たい」
うわ。
真鍋さん、油断したのかな。
耳から手が離れていたせいで、夏原の台詞は今度はモロに聞こえてしまった。
「やっぱりどS?」
まぁ火宮も言っていたし。
「ふっ、翼さん。これは、SとかMとかを超越して、ただの変態です」
うわー、辛辣。
なのにニコニコとその言葉すらも笑って受け止めている夏原があっぱれだ。
「うーん、痺れるね。やっぱり俺と付き合ってよ」
「お断りします」
まぁ見事な即答に鮮やかな笑顔。
2人ともにっこりと笑っているところが正直怖い。
「通算215回目」
「え?」
「能貴にフラれたの」
クスクス笑っている夏原を、苦手とする真鍋の気持ちが、ちょっとだけ分かったような気がした。
「すでにストーカーと呼んで差し支えないでしょう?」
「あ、はは」
「酷いね。人の純愛を」
「弁護士の癖に言葉も知らないようで」
ポンポンと飛び交う言葉はテンポがいいんだけど、その温度差は激しい。
確かにこれは真鍋が苦手なわけだ。
普通なら真鍋の冷たいひと睨みに、恐れをなして逃げ去るか、屈服して平伏すか。
『普通』の反応ならその2択だろうし。
ちょっとでもMっ気があれば恍惚とするかもしれないけれど、夏原はそういうのとはちょっと違う。
同類なら同類で火宮のように眼中外が当たり前で。
だけどこの夏原は、違う。
冷たくすればそれだけ燃えて、無視しても喜ぶ。
だからといっていっそ優しく対応しようものなら、きっと隙ありと言わんばかりに、取って喰らい尽くされる。
真鍋が極力接触しない、という選択をするのがよく分かった。
「翼さん、もうこの変態は放っておいて、お好きなものをお選び下さい」
示されたメニュー表に、トンッと夏原の指が割り込んできた。
「このピザがおすすめだよ」
「ではそれ以外のピザからお選びするといいですよ」
このどS。さすがだ。
さすがだけど、その意地悪を、舌舐めずりしてニヤニヤと見ている夏原はやっぱり関わらないのが1番だった。
ようやく火宮の忠告が分かったかもしれない。
この2人は確かに俺の手に負える御仁じゃない。
「あぅ…えっと…」
片方の意見を聞き入れれば、もう片方を敵に回す。
俺にとってはどちらもどSにしか見えなくて、こんなのどうやって選べばいいんだ。
「翼さん?」
「伏野翼くん」
あー、もう、誰か助けて。
「ほら」
「さぁ」
っ!
何で今度は共同戦線張っているんだ。
「っー!俺っ、こっちのパスタにしますっ!」
結果。
俺が選べたのは、2人の意見とも却下するという、大きな賭けだった。
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