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第216話
結局、チラッ、チラッと視線を交わし合った真鍋と夏原だが、俺の選択に文句が出ることはなく、無事に注文を済ませられた。
この時ほど、『火宮会長』のネームバリューに感謝したことはないかもしれない。
真鍋は火宮のものである俺を、基本的には優先するし、夏原も火宮の後ろ盾がある俺に直接手出しはできない。
『本当、どSは火宮さんだけでお腹いっぱい』
「翼さん、何か?」
「え?いえ!は、早く来ないかな、ご飯…」
地獄耳ー。
もういっそ、早く注文の品がきて、食べることに集中したい。
「クスクス、会長が、これは可愛がるわけだよね」
「夏原先生のご趣味ではないはずですが」
「守備範囲内でこの発言してたら、俺の明日は海の底でしょ」
「範囲外でもお控え下さい」
スゥッと夏原に向く真鍋の視線はやっぱり絶対零度を軽く凌いでいて。
なのに楽しげな夏原は、もう本当、ど変態の域なのかもしれないと思えてくる。
「本当、相変わらず能貴は火宮会長が絶対だよね」
「当然です」
自信たっぷりに言い切る真鍋には、相変わらず妬ける。
「本当、妬けるなぁ」
「えっ?」
あれ?口にしたの、俺じゃないよね…?
「ん?あれ?伏野翼くんも、そっかぁ」
「あ、えっと、はい…」
「ちょっと悔しいよね、会長と能貴の絆は」
つーん、と口を尖らせる仕草は、やけに子どもっぽいのに夏原には何故だかとても似合っていて。
「知って、るんですか…?火宮さんと、真鍋さんの出会った経緯…」
吸い込まれるように夏原の表情に魅入られて、俺は気づけばそんなことを尋ねていた。
隣の真鍋の纏う空気が、スゥッと一切の温度を無くす。
「え?あ、俺…」
「クスクス、知っているよ。あの時、能貴の側にいたのが、何で俺じゃなくて会長だったんだろうって、何度も何度もその運命を恨んできたからね」
「あの時…?」
それが一体どんな時、なのかは、俺にはさっぱり想像がつかなかった。
ただ、隣の真鍋が、温かくないのはもちろんなんだけど、冷たくすらなくなったのは、とても気になった。
「1人の未来ある法曹関係者の道が、あっさりと閉ざされた瞬間」
「え…ほ、うそう、関係者って…」
「ふふ、この真鍋能貴は、元検察官志望の、俺の後輩だよ、伏野翼くん」
にこりと微笑んだ夏原の言葉に、真鍋が深い深い溜息をついたのが聞こえた。
「え…検察官って、検事さん?」
これまたゲームの知識だけれど、その名前が示す職業は、確か警察側の、罪を裁く側の組織の人間のはずで。それこそヤクザとは相容れない敵対者で…。
「え?なんで?え…?」
それが今、ヤクザの幹部って…。
「はぁっ。聞いて面白い話ではありませんよ」
「まぁね。会長ももしかしたら、伏野翼くんには聞かせたくないと思っているかもしれないね」
「火宮さんは…」
聞いていいって、前に言ってた。
「聞きたければ真鍋さんに聞け、って。火宮さんも、馴れ初めくらいは話してやるぞって。第1印象は、お互いものすごく悪かったはずなんだけどーって言っていました…」
「会長が…」
「そっかぁ。じゃぁ聞く?」
ふふ、と目を細めている夏原は、話す気満々なのだろう。
そのつもりで、俺の興味を引く、検事なんて話を始めたに違いないし。
対して真鍋は、やっぱり感情が一切読み取れない無表情をしている。
「翼さんがお聞きになりたければ、私は構いません」
「クスクス、やっぱり会長の意向が第1?悔しいねぇ」
「別に隠すことでもありませんので。それに、この翼さんでしたら…」
「え?」
俺なら、何だろう?
「ふぅん。火宮会長が選ぶだけはある子ってこと?能貴がそんな風に言う伏野翼くん…。俺、ライバル認定しちゃうかも」
クスクスと可笑しそうに笑う夏原の明るい表情の、目だけがゾッとするほど鋭く俺を睨んでいて…。
この人…おちゃらけているように見える振る舞いは、すべてポーズだ…。
背中を這い上がった寒気が、それを確信させる。
「っ…」
この夏原という男…。
今日会ったのも、俺をつついてきたのも、この話の流れに導いたのもすべて…。
『計算だ…』
ゴクリ、と唾を飲み込んだ喉を鳴らした俺を、夏原の艶然とした顔が見てきていた。
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