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第221話

「え?え?」 なんだそれ? だって真鍋は今現在、こうして生きていて…。 「すみません。誤解を与えるようなところで、一息ついてしまい」 「あ、え、あの…」 「確かに私は生きています。けれどもあのとき、1度死にました」 「は?え?」 わけがわからない。 この真鍋は、偽物だとでもいうの? 「あの後、私は…」 綺麗な真鍋の微笑は、あまりに晴れ晴れと優しかった。 ーーーーーーーーーー 真鍋が目を覚ましたのは、病院のベッドの上だった。 ぼんやりと開いた目が、白い天井を映し出す。 「私は…」 どうやらあの世ではなさそうだ、と笑う身体が、ズキズキと痛んだ。 「目が覚めましたか?」 医者だろう男が覗き込み、真鍋は小さく頷いた。 「分かりますか?あなたはリンチに遭った挙句、坊やに空包で撃たれました」 「く、うほ、う…?」 「まったくあの小僧は、無茶ばかりする」 ふはっ、と笑う医者の言う小僧とは、あの生意気なガキのことかと、真鍋はぼんやりと認識した。 「空包とはいえ、ワッズは詰められているんだ。怪我だって、下手すりゃ死ぬことだってある」 はぁっ、と溜息をつく医者の言葉に、真鍋はハッと、あのガキの言った言葉と、したことの意味に気がついた。 「っ…彼は?」 「彼?」 「私を撃った、その」 「火宮の小僧か?」 「ひみや…というのですか」 思えば互いに名前すら知らなかったと今さら気づいた。 「火宮刃くんだ。なんだ、名も知らない相手に殺されかけたか」 愉快、と笑うこの医者は、本当に医者か?と思うような無責任さで。 だけど。 「死にました」 「は?」 「私はあの場で、死にました。火宮くんが、殺してくれた」 「あなたさんは…」 スッと医者が、1枚のメモの切れ端を渡してきた。 「っーー!」 そこに書かれた文字を目で追った真鍋の手が震える。 『空は、青いか?』 「青い。青いっ…」 震える声を絞り出す真鍋を、医者は静かに見つめている。 「私はっ、いつ、退院できますか…」 「歩けさえすれば、いつでもいいぞ」 「っ…火宮、くん、には、どうすれば会えますかっ…」 会いたい。 もう1度、会って、今度はきちんと名を呼びたい。 「あなたさんが望んだら、これを渡せと頼まれた」 そっと差し出された2枚目のメモには、11桁の数字がポツンと書かれていた。 「墓地に呼び出しとは、中々いい趣味をしている」 ザリッと地面を擦る足音と、ククッと鳴らされた喉の音に、真鍋は妹の眠る墓の前からゆっくりとそちらを振り返った。 「ありがとう」 「ふっ、自分を殺そうとした人間に礼を言うとは、つくづくあんたはおめでたい」 「空包だと聞いた」 「それでも殺傷能力はゼロじゃない」 「だからこそ」 そっと撃たれた胸に触れる真鍋の手は、そこを愛おしむように撫でていた。 「お陰で、私の目に映る空の色は、まだどこまでも澄んでいて青い」 「そうか」 「あの男を許せない私は死んだよ」 「そうか」 「私を許せない私は、ちゃんと死んだ」 「そうか」 「これからはこの痛みを、妹を悼むことに使っていける」 淡々と同じ言葉を繰り返す火宮の目だけが、とても優しく弧を描いていた。 「きみは…火宮くんは…どうして?」 「話せば長くなる」 「それでも聞かせてもらいたい。私は、火宮くん、新しい生を、きみと共に歩んで行きたい」 ふっ、と笑った火宮の吐息が、その答えだった。

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