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第222話

「それから私と会長は、互いにたくさんの話をしました。天束聖の話もそのときに」 「そうですか…」 「私はね、翼さん。妹の死の責任は、私にもあると思っていました。妹が私に遠慮をせずに迎えを呼んでくれていたら。そもそもバイトなんて許可していなかったら…」 もし、かも、を考え始めたらきりがないことは、多分、この真鍋は分かっていた。 分かっていてもなお、考えざるを得なかったその想いは…。 「事件が起きた後、妹を追い詰めていったのは、他の誰でもない、私自身でした」 「っ…」 「検事を目指している私を知っていたから。誰よりも妹を大切に思っている私を知っていたから。彼女はだから、私をその絶望から、悲しみから、苦しみから守るために、沈黙を貫いた。それが彼女の心を、壊していく引き金だったのにも関わらず…」 ーーーーーーーーーー 「行くか」 「あぁ」 長く、長く語り合い、腰を上げた火宮に続き、真鍋もまた墓前に立ち上がった。 「本当にいいんだな?」 「あぁ。もう決めた」 「妹君の遺志に反する道じゃないのか?」 「そう思うか?」 「だって裏社会だぞ」 ククッと笑う火宮の顔は、悪戯っぽく揺れていた。 「確かに検察官とは対極だ」 「ククッ…」 「けれども彼女は正義でいろとは言わなかった」 「ほぅ」 「絶望するなと言ったんだ」 「なるほどな」 「それは、私がこれだと信じる道を、正々堂々と歩くということだ」 自信たっぷりに微笑む真鍋を見つめ、火宮がニヤリと口の端を吊り上げる。 「随分な拡大解釈だ」 「光を見出す先が変わっただけだ」 「そうか」 「希望を見出す場所が変わっただけだ」 「クッ…」 「火宮くん。私は火宮くんの、影になる」 闇を纏って佇む火宮の隣に、タンッ、と足を踏み出して、真鍋は鮮やかに微笑んだ。 「そうか。あんたは2度と、闇に呑まれることはないな」 「あぁ。光を受けて落ちるきみの影だ。きみに付き従い、きみ自身の闇には決して染まらない」 「俺が光を呑み込んで、落ちる影がかすんだとしても?」 「ふっ、そのときは、次は影である私が主の闇を、清々と喰らい尽くしてくれる」 「いいな、それ」 ククッ、と笑う火宮がゆるりと目を細めた。 「あんたは俺を、殺してでも止めてくれそうだ」 グッと握らせた黒光りする武器が1つ、火宮の手から真鍋の手の中へ移る。 「道を誤ったときは遠慮するな」 「あぁ」 「次は実弾だ」 「約束する」 キュッと手の中の銃を握り締め、真鍋は力強く頷いた。 「独立するつもりでいる」 「組を、か」 「あんたと俺の、城、だ」 スッ、と棒切れを拾い上げ、火宮が地面の土の部分を探して何かを書き綴った。 「っ…こ、れは…」 地面に書かれた文字を見て、真鍋の目が見開かれていく。 「あんたが言ったんだぞ?聖のイメージは純白の羽だって」 「っ…だ、けど…」 「ククッ、言っただろう?あんたと俺の、城なんだって」 ズズッ、ズズッ、と悪戯に文字を丸く囲いながら、火宮が得意げに笑う。 「なんだ。気に入らないか?」 スゥッと真鍋の目から、初めて一筋の涙が伝った。 「いいやっ…こんな、っ…最高の」 「ククッ、あんたならそう言ってくれると思ってた」 艶やかに笑い、火宮が真鍋に向かって手を差し出す。 「あんたではありません。真鍋です。真鍋能貴」 「真鍋か」 目の前に差し出された手に、真鍋の震える手がそっと重なる。 「っ…か、いちょう…」 ストンと地面に膝をつき、真鍋はその手を捧げ持ち、握る。 片膝を立てて、恭しく、力強く。 「かい、ちょう…。火宮会長。あなたの、お側に。この真鍋、全霊を傾けて、あなたにお仕えいたします」 静かに首を垂れた真鍋を見下ろし、火宮が艶やかに微笑んだ。 「あおいもきっと…」 2人の足元には、棒切れで書いたとは思えないほど綺麗に整った字で、『蒼羽会』と綴られていた。

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