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第223話
「ふぅーっ…。それが、お2人の出会った経緯…」
いつの間にか詰めていた息を吐き出し、俺はそっと目を上げた。
「伏野翼くん?」
「はい」
「ど?能貴と会長の出会いは」
「壮絶でしたね」
それはもう、思わず息を詰めて聞いてしまうほどに。
「そう」
「はい。折れた腕、普通踏みますか?」
「は?え?」
「空包って、俺にはよく分かんないですけど、人に向けて撃ったら危ないことくらいは分かりますよ?」
「あの、伏野翼くん…?」
何だか夏原がオロオロして見えるのは何だろうか。
「本当、火宮さんは、何を考えているんでしょうね。俺、今度怒っときます!」
真鍋さんに初対面で何てことしたんだって。
気合いを入れて拳を握りしめた俺に何故か、真鍋が隣で肩を震わせ、夏原が呆気にとられたようにポカンとなっていた。
「あれ?あの…どうしたんですか?2人とも」
俺が何か変なこと、言ったのだろうか。
「ふっ、くくくっ、夏原先生。これでお分かりでしょう?」
え?え?何が?
真鍋の珍し過ぎる笑い声に、思わず目が丸くなる。
「まさか、この俺が降伏宣言することになろうとはね」
「へっ?あの…」
真鍋と夏原の言葉はさっぱり意味がわからない。
「伏野翼くん。この話を聞いて少しでも、きみが能貴を非難したり、否定するような態度を見せたりしたのなら、俺はきみが会長のどれほど大切な人間であろうとも、決して許さないつもりだったけれど…」
「はぁ」
何なんだ?
「悔しいね。きみはそれこそ、あの火宮会長と、この真鍋能貴の隣に立つに相応しい人間だった。2人に守られ、大切に慈しまれるに相応しい、最高の人間だ」
「えーと?」
褒められてるのかな、これ。
弁護士先生の言う言葉は難しくて、俺にはよく分からない。
「きみのそのしなやかさは、一体どこから来るんだろう」
「え?」
「クスクス、きみは、すでにその始めから、2人の聖域の中に入ることが決まっていた、か」
「え…?」
聖域って。その中に入るって。
一体何のことやら。
「あぁ、翼さんはまだご存知ではありませんでしたね」
「え?」
何を。
「どうぞ、これを」
ふっ、と小さく微笑んだ真鍋が、不意にスケジュール帳を取り出して、1枚の写真を渡してきた。
「っ!これ…」
そこには、合格通知書を、自慢げに胸の前に広げて、嬉しそうに微笑む綺麗な少女が映っていた。
その証書に書かれた名前が…。
「これは…」
「えぇ。真鍋蒼(まなべ あおい)。妹です」
微笑を浮かべた真鍋が明かした妹の名。それは。
「っ!あなたと火宮さんの城…」
それは、蒼さんと聖さんの名を頂いた2人の聖域で。
「伏野翼くん。きみもその中にいる」
「っ…」
そうだ。俺の名は、「羽」を持つ。
「まぁったく、何で俺の前には、火宮会長といい、きみといい、次から次へと能貴への道を邪魔立てする存在が現れてくれるんだろう…」
むぅっ、と不貞腐れる夏原の表情が、あまりに本気で笑えてしまう。
「ふ、はは、邪魔立てって、俺は別に…」
「きみがどう思おうとも、きみがいることでまた1つ、俺の優先順位が下がるんだから」
いつの間に提供されていたのか。
テーブルの上のピザに、ピザカッターをゴロゴロと転がしながら、夏原がチラッと真鍋に視線を向けた。
「ふっ、夏原先生の優先順位など、元々大して高くはないでしょうに。あくまでビジネス上で、優先すべきときがたまにある程度で。それが3位などとはおこがましい。どの口が言っていますか?」
どきっぱり。
見事にバッサリと切って捨てる真鍋の冷たさに、ゾッとなったのは俺だけで。
「クスクス、つれないその口が、ごめんなさい、あなたが1番です、っていつか言うだろう日を想像したら、もうたまらないね」
「………」
うん。うっかり黙り込んだ真鍋の言いたいことは、言われなくてもはっきり分かった。
『それはすでに妄想と呼びます』だよね。
絶対零度を下回った真鍋の視線が、夏原の減らない口を凍りつかせてしまいそうだ。
なのに夏原の態度は、驚くほど安定の夏原で。
「クスクス、俺は、欲しいと思ったものは、全力で取りに行く。能貴、俺を蒼羽会の顧問弁護士と受け入れた時点で、能貴はすでに、俺に堕ちる運命なのさ」
「運命、ね。くだらない」
「そう?能貴が会長に出会ったのは?会長が伏野翼くんに出会ったのは」
にやり、と綺麗な形の黒い笑みを浮かべた夏原を、真鍋はそれはそれは鮮やかな笑みで返り討ちにした。
「我々の、実力です」
わずかも揺れない真鍋の声に、夏原がピュゥッと口笛を吹いた。
「さすが能貴だ。その強気なところがゾクゾクする。能貴たちが、それを自分の力で自らに引き寄せたと言うのならば、俺だって引き寄せてやるよ。あの日、俺が契約印をついた日のことは、能貴だって忘れてはいないだろう?」
クールな美貌を艶やかに微笑ませて、夏原の目が遠い日を映すようにスゥッと細められた。
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