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第230話
「っ、嘘だ!嫌だ!ねぇ真鍋さんっ!嘘だから!冗談だから!何言ってるのっ…」
ぎゅっと握った目の前の両腕を、ユサユサと前後に揺さぶる。
見上げる美貌は相変わらずの無表情で、何を思って俺を見下ろしているのか分からない。
「ねぇっ、違うって言って下さいっ!間違えたって!会長はもうすぐお戻りになられますからって。ねぇっ!そうでしょう?」
今度は縋り付くように真鍋の両腕に力を込めてしまった俺に、冷たい美貌が痛々しいものを見るように小さく歪んだ。
「落ち着いて下さい」
「っ、落ち着いてますっ」
俺は十分冷静だ。
真鍋が似合わない冗談を言って、俺を笑わせようとしているんだよね。
柄にもないことするから、全然面白くなくて、大失敗なんだけど。
本当、何で急にこんな悪戯なんて。
そう、もうすぐ、「驚いたか」って意地悪な美貌があのドアの先から入ってくるんでしょ?
ほら、ちゃんと見破ってるんだから。
「翼さん…」
「今日はエイプリルフールじゃないんですからね!もうこんな大人気ない悪戯…」
やめにしましょうよ…。
「っ…」
ボロッと唐突に溢れてしまったしょっぱい液体が、何だか視界を邪魔してきて、足が、身体が、急にガクガクと震え出した。
「嘘、だ…」
「翼さん…」
「嘘っ…です、よ、ね…?」
震える手でゴシゴシと擦った目の向こうに、ゆっくりと首を左右に振る真鍋の静かな顔が見えた。
「っ、嫌ぁぁぁーっ!」
力の抜けてしまった身体が、ズルズルと床に座り込んでいく。
パタパタと目の前の床を濡らす液体は、俺の涙なのか。
「っ…」
ぎゅっと床で握った手の甲に、パタパタと涙が落ちて、俺は現実を思い出す。
拳の関節が白くなるほど力が入っているのに気づいて、俺は俺のすべきことに頭が回った。
「っ、ど…な…」
「翼さん?」
「どんな、状態なんですか、火宮さん」
まだ重症だと決まったわけじゃない。
撃たれたって言ったって、腕とか足とか。もしかしたら悲観するようなことはないかもしれない。
ゆっくりと持ち上げた顔を頭上の真鍋に向けた俺は…。
「っ!うそ…」
サァッと血の気が引く音を、確かに聞いた。
「翼さんっ!」
まだ何も言われてないけどさ。
その表情で分かっちゃうよ。
「翼さん、とりあえず、ソファに移動して…。話はそれからゆっくりと」
「っ、真鍋さん」
気遣いは分かるけど。
もうほとんど気づいちゃってる答えを焦らされる方がキツいんだよ?
「俺は大丈夫ですから」
こんなときにどSを発揮してくれなくていいですから。
スッパリきっぱり言って下さい…。
「あなたは…」
「俺は、蒼羽会会長、火宮刃の、本命」
グッと腹に力を入れ、覚悟のほどをその口上に込める。
俺を見下ろす真鍋の目が軽く瞠目して、スッと膝をついてきた真鍋の視線が高さを揃えた。
「覚悟はよろしいと?」
「っ、ん」
コクンと1つ頷いた俺の目の前で、真鍋が静かに言葉を紡いだ。
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