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第233話
ーー翼。翼…。
大好きな美貌が、淡い微笑みを浮かべて、両腕を広げて俺を待っている。
『火宮さん!』
ーー翼。
『火宮さんっ、よかった!』
銃で撃たれたって聞いたのに。
どこも何ともなさそうな姿にホッとする。
やっぱり何かの間違いだったんだね。
真鍋さんが驚かすから…。
タンッと地面を蹴って、腕を広げた火宮の胸に飛び込んで行く。
『火宮さん、大好……え』
ヌルッ?
『え?』
火宮に抱きついた手に、変な感触が。
『っ!』
恐る恐る火宮から離れ、両手を見下ろした、そこに。
『あ、あ、あ、あぁっ…』
真っ赤に染まった手のひらが。
なに、これ…?
ヌルヌルしていて、ベトついて。
『っ…』
ゾクッと震えた身体の意味は。
ーー翼。
『っ、ひ、みや、さん?』
なんで、なんでそんなに切ない顔を。
『火宮さんっ、嫌だ』
なんだか火宮が遠ざかってしまいそうな気がして、俺は慌てて手を伸ばした。
ーー翼。
違うよ、違う。
火宮が俺を呼ぶ声は、もっと甘くてもっと色っぽくて。
そんな苦しそうな、そんな胸が締め付けられるような、辛い声じゃないんだから…。
ーー翼…。
『っ!や…いや…』
両手の赤が灰色に変わり、サラサラ、サラサラと、指の隙間から落ちていく。
『嫌っ!嫌、火宮さんっ!』
火宮の肩に大きな穴が開き、血の代わりにサラサラと、灰色の砂が風に流され飛んでいく。
『火宮さんっ…』
ーーつ、ば、さ…。
ふわりと微笑む火宮の笑顔が、サァァッ、と砂のように崩れて、風に吹かれて消えていく。
身体が、足が、徐々に崩れて、おんなじように風に流され、煌めく砂の欠片になって宙に舞う。
『火宮さんっ!』
伸ばした手は何も掴めず、ただ空中を虚しくもがいた。
『嫌ぁぁぁっ!火宮さんっ!』
「翼さんっ!」
「っ?!…はぁっ、はぁっ、はぁっ…」
「翼さん、大丈夫ですか?」
「あ、れ…?俺…」
ぼんやりとした目の向こうに、心配そうに覗き込む真鍋の顔が見えた。
「翼さん?随分とうなされていましたけれど」
スッと伸びてきた真鍋の指先が、俺の目元を軽く拭った。
「っ、そうだ火宮さんっ!」
ガバッと上半身を起こしたここは、見慣れたリビングのソファの上で、俺は真鍋に見守られながら眠っていたことがわかった。
「真鍋さん、火宮さんは…」
酷く嫌な夢を見ていた気がする。
火宮の身体がこの手から擦り抜けて消えていってしまうような。
「っ…」
ゆっくりと左右に振られた真鍋の頭をみて、ぎゅぅ、と胸が苦しくなった。
「意識は、まだ。状態は安定しているそうですが」
「そ、です、か…」
あれは夢だ。
大丈夫、火宮はちゃんと生きている。
急変した様子もない。
「っ…」
側に、いきたい…。
拳を固く握り締め、漏れそうになる言葉を必死で堪えた。
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