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第234話

「翼さん…」 「っ、そう言えば、あの…浜崎さんは?」 ふとまだ鈍く痛むお腹に気がついて、何故か姿が見えない浜崎のことが気になった。 「休んでおります」 「そうですか…」 「えぇ。2、3痛めつけましたので、数時間は護衛として使えませんから」 「は?」 え?痛めつけたって…。 「まさか、俺のせいで…?」 「素人に遅れを取るような無様な真似を晒す護衛など、仕置きされて当然です。今頃、気の弛みを反省しているところでしょう」 「そんなっ…」 だってきっと浜崎は俺だから…。 相手が殺意もない、信奉する火宮の情人の俺だったから、油断どころか抵抗もままならずに簡単に人質に取られてしまっただけで…。 「っ、俺…」 俺の責任だ。 「えぇ。あなたも十分仕置きに値する、とんでもない行動に出て下さいましたが」 っ…。 仕置きと聞いて、ギクリと身体が強張った、けれど。 「そこまで追い詰めたのは私だということも分かっております」 スッと目を伏せた真鍋があまりにらしくなくて、俺は思わず目を丸くしてしまった。 「お、こらな、い、んですか…?」 俺は刃物を、あなたの部下に向けたんですよ? 「気持ちは分かると申し上げたでしょう?」 「え…」 「私は、血も涙もない鬼ではありませんので」 「っ…」 ふわりと苦笑いする真鍋に、なんだかギューッと息が苦しくなった。 この人は…。 「私も、出来ることなら、今すぐすべてを放り出し、会長のお側に上がりたいと思っております」 「っ、ぁ…」 「けれどももしも私がそのような行動を取ったら、会長が1番大切になされているあなたを、一体誰が守るのです。会長の大切になされている蒼羽会を、誰が率い、まとめていくのです」 「っ!」 この人はっ…。 「私は蒼羽会幹部、真鍋能貴。今の私に私情は一切必要ない。私が今するべきことは、冷静に冷酷に、会長が1番望むであろう行動を尽くすことがすべて。それが、蒼羽会会長、火宮刃の片腕であるということです」 「っ、真鍋さん…」 「同じように覚悟を決めろと、私はあなたに強要しました」 「っ…」 「蒼羽会会長の本命として私情を我慢しろと強要しました」 「っ、ぅ…」 「それがどれほどご無理なことでも、容赦無く、です」 だから人質を取って脅した俺を怒らない? 「まだまだ未熟なあなたが、感情の制御を失い、強行手段に出たのは、仕方のないことだろうと想像はつきます」 本当に誰より、俺の気持ちを分かってくれていたのか。 「それでも、それでも私は、やはりあなたを今、会長の元へ行かせるわけには参りません」 そうして、心を鬼にすることが、この人の本気。何より大切にしている火宮に対する想い。 「あなたをどれほど苦しめようと、どれほど恨まれようとも…あなたに傷1つなく、会長ご不在の間、守り抜くことが私の務めです。無事に目をお覚ましになられた会長に、無事にお会いさせることが、私の役目です」 なんて強い、なんて苦しい覚悟。 「っ、俺は…」 俺はどれだけ甘いんだろう。 感情のままに我儘を言って叫んで暴れて。 それをしたくてもやらない真鍋は大人だ。 自分だって苦しいくせに、それを一切表に出さず、私情をすべて抑え込んでやるべきことを淡々とこなす。 その気持ちが分かると、俺に寛大な態度を取って見せるこの人は…。 俺は、真鍋の足元にも及ばない。 「く、やし…。悔しい…」 「翼さん?」 「お、れは、火宮さんの恋人なのに…」 できてないんだ、火宮のためだけに一途に行動するその覚悟。 「先に自分の我儘が前に立つ…」 立場や、火宮の想いを顧みず、「一目会いたい」という自分の願望だけが暴走する。 「俺に少しでも何かあったら…火宮さんがどんな思いをするか…」 想像すれば簡単に分かる。 今度こそあの闇色の人は、完全に闇に消えてしまうだろう。 「覚悟…か」 何より火宮を最優先に考えること。 時には私情より立場を優先すること。 「恋人だからこそ、できないのかもしれませんが…」 「っ…」 「けれども私は信じております」 っ、だから、だからこの人は…。 「何故ならあなたは会長が選ばれた…」 「蒼羽会会長、火宮刃の、恋人」 グッと力を込めて紡いだ言葉に、腹が決まった。 お気に入りイイネ 前へ次へ

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