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第242話
それからあれやこれやと検査を受け、火宮は普通の病室に移動した。
いや『普通』というのはちょっと違う。
当然のように個室は個室だけれど、その内装がやたらとリッチな、どこのホテルかっていうような、とても病室とは思えない部屋だった。
「ほぇー、VIPルームってやつですか?初めて入りました」
物珍しくてキョロキョロしてしまう。
「翼さん、あまりうろうろなさいませんよう…」
会長が落ち着けませんって?
タオルやら着替えやらを、テキパキとキャビネットにしまいながら、真鍋が溜息をついている。
「う…。あっ、それ、俺がやります!」
火宮のお世話、と思って真鍋の側に行こうとしたら、何故かベッドから伸びてきた手に捕まった。
「おまえはこっちだ。俺の側にいろ」
「えっ…」
捕まった手をぐいっと引かれ、うっかりベッドの上に転んでしまう。
「ちょっ…火宮さん?」
「おまえは俺の話し相手と抱き枕になるのが役目だ」
ニヤリ、って、その何か企んでいる顔…。
ぎゅっと引き寄せられて、ベッドの上に座っている火宮の上に抱っこされる形になる。
「っ…抱き枕って、この手は何ですかっ」
後ろから抱きついてきた火宮の手が、スルリと服の裾から潜り込み、胸に這わされたかと思ったら、そこにある飾りを摘んできた。
「んっ…あっ、やめっ…」
「はぁっ。会長、傷に触ります。翼さんも、その気にならない」
冷たい無表情で言い放たれても。
「だっ…これは火宮さんがっ…」
「ククッ、固いことを言うな、真鍋」
う、わ。
耳元で喋るそれ、やめて下さい…。
「んっ、ひみや、さっ…あンッ」
「会長」
っ!
ヒヤリ、って、絶対零度より低い真鍋の声がして、思わずビクリと俺の方が固まった。
「ふん、小舅が」
嫌そうな声を上げながらも、スッと服から手が抜かれていく。
「時々、最強ですよね…」
火宮を引かせる真鍋に、思わず感嘆の声が漏れる。
前には火宮をやり込めていたこともあるし…。
「ククッ、知らないのか?実は裏のドンはそいつだぞ」
「あなたはまた…」
げっそりと溜息を吐く真鍋にも、火宮は楽しそうにニヤニヤ笑っている。
「何かやけにご機嫌ですね」
「それはそうだろう。真鍋」
「はい」
「翼の気が変わらないうちに、夏原を呼んでおけ」
「かしこまりました」って頭を下げる真鍋からは、特に何の感情も窺えない。
「おまえも同席しろよ」
「………はい」
ぷっ、その間。
思わず吹き出したら、ギロリと殺人的な視線が向いた。
「っ…」
「ククッ、それと真鍋、溜まっている仕事があるな?」
「それは…」
「構わない。必要なだけ持ってこい」
ここでやる、と言う火宮に、さすがに真鍋が戸惑う。
「真鍋?」
「かしこまりました…」
「あぁ。それとあと1つ、こいつに使う仕置き道具も持ってこい」
「はぁぁぁっ?」
思わず声を上げたのは俺だ。
「かしこまりました」
「ちょっ…」
そこはかしこまっちゃ駄目でしょ。
もう何なの、この人たち…。
「何言ってるんですかっ」
「ククッ、真鍋が戻ってくるまでに、一体何をやらかしたのか、じっくり白状させてやる」
「っ…」
待て待て待て。あなた怪我人ですよね?
つい小一時間前まで、意識不明の重症でしたよね?
それなのに、あまりに通常運転のそのどSっぷりはなんだ。
駄目でしょ。まだ安静にしてなくちゃ。
「会長はまだ本調子ではございません。お怪我に触るといけませんので…」
うんうん、真鍋さん、言ってやって。
常識人がいて助かる。
「翼さん、あまりお暴れになられたり、無理なご抵抗をなさいませんよう。くれぐれも、会長がお怪我をなされていることをお忘れにならないで下さい」
「は?」
え?
俺っ?!
「なっ…」
そこは違うでしょ!
注意するなら火宮に対してだと思うんだけど。
俺が間違っているわけ?
「いや、そこは、ほら…」
火宮を止めるべきであって…。
チラリと目を向けた真鍋は、それはそれは綺麗に微笑んでいて。
「お返事は?翼さん」
「………はい」
目がまったく笑っていないその顔に負けた。
『ククッ、だから真鍋に夏原のことで揶揄ったら駄目だと言っているだろう』って、火宮がこっそりと囁いてくる。
「あーっ…」
そうか。
さっき吹き出したそれの仕返しか。
思えばまったく同じ返事をさせられる羽目になっている。
「どS。鬼真鍋。意地悪」
「ククッ、本当、おまえは怖いもの知らずだな」
「え?」
何が?
これくらいの暴言なら、真鍋にだって時々…。
「え…」
綺麗に微笑んでいる真鍋が、本当に本当に鮮やかな笑顔をしていて。
「鞭に極太バイブ、催淫剤にコックリング、ニップルクリップもご用意いたしましょうか」
「ククッ、おまえの仕置き道具を選んで持って来るのは真鍋だぞ」
っーー!
忘れてた、その話。
そういうの、早く言ってよ!
俺がうっかり暴言を吐く前に!
「っ…」
思わず後ろの火宮を睨んだら、ニヤリと愉しげに目を細めていて。
前に向き直れば、笑顔の目だけが笑っていない真鍋がいて。
「っ、このどSコンビーっ!」
本当、ブレない。
ブレなさすぎる…。
「さぁて翼。まずは悪さの自白からだ」
「私は連絡とご依頼のものを取りに。失礼いたします」
「あぅあぅ…」
優雅なお辞儀をした真鍋の出て行った室内に、俺は虚しい呻き声を響かせた。
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