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第252話
翌日。
本家に向かった俺と火宮は、散々揶揄われながらも快く七重にサインをもらい、無事役所にも届け出てきた。
「おめでとさん」と言って、好々爺然として笑った七重の目元に、光るものが見えたのが印象的だった。
その後、少しドライブに付き合え、と言った火宮に頷いて、車に揺られること2時間弱。
火宮運転の車で連れて来られたここは。
「うわぁ、海…」
視界に煌めく蒼い海が見える、小高い丘の上のとある場所だった。
色とりどりの花が咲く広い花壇が一面に広がり、その中に石畳のアプローチがあるのが見える。
その道を辿って見上げた先には…。
「教会…?」
全面ガラス張りの、小さな建物。
梁や柱は白く、透けて見える中の床は白い大理石のタイル。
海に向かう正面のガラスの壁には、透き通るようなガラス作りの十字架が煌めいていて、中に並ぶ長椅子や祭壇が、その建物が教会なのだと教えてくれる。
「ひ、みや、さん…?」
まさか、この人が、式を挙げる代わりにチャペルで2人だけの誓いを…なんて言い出すようなロマンチストだっただろうか、と考えて首を振る。
「似合いませんよね」
ププッ、と思わず笑ってしまったら、コツンと頭を小突かれた。
「まったくおまえはな」
「痛っ」
「言われなくても何を考えたか分かるが…残念ながら正解だ」
ククッ、と喉を鳴らす火宮が、来いと言って手を伸ばす。
「ですよねー」
差し出された手を取って、引かれて連れて行かれる場所は。
燦々と太陽の光が降り注ぐ、明るい教会を通り過ぎ…。
「っ!」
こ、こは…。
「墓地?」
芝の中にいくつもの四角い石が並んでいた。
レンガ敷きの散歩道が伸び、ベンチや噴水が見える、まるで公園のような場所だけれど。
よく見ればその1つ1つの石は、名前や家名、イラストや英文が刻まれた洋型の墓石だということが分かった。
「芝生墓所というそうだ。翼、こっちだ」
クイッと引かれた腕につられ、ふらりと足を向けた、そこは。
「あ、まつ、か…」
ローマ字書きの文字が読めた。
「っ!これは…」
「あぁ。天束家の墓…聖の墓だ」
「っ…」
墓石にお洒落だな、という感想もおかしいけれど、墓石の角には花の絵があしらわれ、いかにもお墓、という感じの縦長のあれではない、ちょっと変わったお墓だった。
「キリスト教?」
「いや、普通に仏教だろう。少なくとも葬儀は仏式だった」
「行ったんですね…」
「遠目にな」
でも経が聞こえてきた、というからには仏教か。
「今風なんだろう。俺も初めて来た」
「えっ?」
初めてって…。
「俺は、この場に立てるようなお綺麗な身じゃない。聖に合わせる顔も、手を合わせに来る資格もないと思っていた」
「っ、そ、れは…」
それなのに、今日、今ここに来た意図は…。
「俺は悪いが神など信じていない。だから神に誓いなどは立てない」
うん。さっきチャペルを素通りしたしね。
「俺が誓いを立てるとしたら、それは、その相手は…」
あぁそうか。
火宮が今日ここに、何を思って来たのかが分かった。
「聖さん…」
「あぁ」
薄く目を細めた火宮が、静かに墓石を見つめた。
「遅くなった」
スッと姿勢を正した火宮が、そっと瞼を伏せ、静かに両手を顔の前で合わせた。
「俺にこうしてこの場で手を合わせることができる日は、永久に来ないものだと思っていたが」
聖の人生を奪い、その聖が遺した唯一の願いさえも1度踏みにじった身。あまりに汚れたその身体を、許せることはないと、火宮は以前言っていた。
「けれども聖、俺は見つけたよ」
スッと露わになった漆黒の瞳が、ゆっくりと俺を振り向いた。
「紹介しよう」
緩く弧を描いた口元が、ゆっくりと動いて…。
「火宮翼だ」
っ!
真新しいその名の響きは、まるで煌めく宝物のようだった。
「おまえの望んだ強さを持つ人間だ」
「っ…」
「俺が欲しかった強さを持ち、俺が最後の唯一と決めた人間だ」
っ…。
「誓うぞ、聖」
「っ、ぁ…」
「おまえに誓う」
凛と響いた、真っ直ぐな火宮の声だった。
「俺は幸せになるよ」
ふっ、と笑った火宮の瞳が、優しく柔らかく和む。
「2度と、間違えない」
「っ…火宮さんっ…」
「俺はこいつと…翼と、生涯共に生きていく。どんなときも愛し、守り、慈しみ、共に幸せになると誓う」
「っ…」
俺も。
俺もだよ、火宮さん…。
気持ちが溢れ、涙となって目からこぼれた。
「っ、ふ、誓う…。誓う、俺もっ」
「翼」
「生涯共にっ、刃を、愛して、守って、慈しむ。一緒に、幸せになりますっ」
多分、俺の今の顔はくしゃくしゃの泣き笑いだろう。
ズッと啜った鼻水の音とか、みっともなくても構わない。
「好き。好きっ、愛してる…」
思い溢れてガバッと抱きついた身体は、迷わず揺らがずしっかりと抱き止められる。
「俺もだ、翼。愛している。…許せ、聖」
ぎゅっと抱き締められた身体が、胸が、歓喜に震える。
「俺は……幸せだ」
っ…。
もう、言葉は何もいらなかった。
触れ合った身体の全てから、火宮の想いが溢れて伝わり、小刻みに震える全身が、火宮の心を語っている。
見上げはしないよ。
あなたはそれを見られることをきっと嫌うから。
安心して溢れさせていいよ。
こうして胸に顔を押し付けて、目を閉じあなたの鼓動を聞いているから。
ドクッ、ドクッと脈打つ鼓動が、ゆっくり優しくトクトクと音を変えた頃。
「あ、飛行船…」
ふわりと青空に浮かぶ、真っ白い飛行船を見つけた。
「何かのイベントか?珍しい」
「本物、初めて見ました」
ゆっくりと、どちらからともなく身体を離し、並んで空を見つめる。
「飛べない翼。おまえとは真逆だな」
「そうですね」
翼がないのに飛行船は飛ぶ。
ぼんやりと見つめた視線の先で、不意に墓所の噴水が動き出した。
「わっ…」
「ほぉ、噴水の時間がプログラムされているのか」
サァッ、と水を噴き出した噴水が、高く、低く、右から左から順番にと、プログラミングされた動きでささやかなショーを見せる。
「あっ、見て下さい、虹っ」
サァァッ、と噴き出す噴水の頂上に、水飛沫に煌めく虹が架かった。
「わぁ、綺麗…」
「ふっ、飛べなくて良かった」
「え?」
いきなり何、と思って見上げた火宮の目は、穏やかに飛行船と虹を見ていて。
「あぁ、飛行船が虹色です」
ちょうど重なった虹と飛行船が、まるで真白に七色をつけたみたいに見えて。
「飛ばなくて良かったです」
絶望が、今はこんなに色鮮やかに煌めいている。
こんな綺麗な光景を、こんなに好きな人と見られる幸せ。
飛んでいたら掴めなかった。
「ククッ、翼」
「何ですか?」
「末長くよろしくな」
っ!
だからもう、そういう不意打ち、本当好きですよね。
だけどそれがあなただから。
俺が染まったあなた色、嫌いじゃない。
「こちらこそです」
にっ、と笑った唇が、静かにそっと塞がれた。
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