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第253話
※252話で、無事タイトルも回収し、火宮翼となったところで、一区切りつきました♡
ここまでお読みくださった皆様、ありがとうございます。
ここからは翼編入後の高校生編に突入です♡
これからも、火宮・翼を温かく見守っていただければ幸いです。
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「おい、翼、まだか?遅刻するぞ」
「うぁー、もうちょっとっ!後少し待って下さいっ」
ひーん、髪が決まらないー。
俺は洗面所の鏡の前で悪戦苦闘しながら、必死で髪を撫で付けていた。
「ククッ、本当に、どうやって寝たら、そんなに派手な寝癖がつくんだ」
ニヤリ、と笑う美貌が鏡越しに見える。
自分はバッチリとダークスーツを決め、髪は一分の隙もなく整え、余裕をかまして壁に寄りかかりながら、俺のことを眺めている。
「それ、火宮さんが言いますか?」
このどSは…。
昨日風呂上がりで髪も半乾きな俺を、いきなり寝室に拉致し、嫌ってほど泣かせてくれたのは誰だ。
まぁそりゃ、その涙は快楽と歓喜の涙でしたけどね。
だけどそのまま気絶するまで激しく抱かれ、意識が遠のくに任せてそのまま眠っちゃった俺の髪に、収拾がつかないほどの寝癖がつくのは当たり前で。
相変わらず朝から意地悪モード全開だ。
「クッ、おまえも火宮だぞ?」
「はい?」
いきなり何の話だ。
こっちは今、この跳ねまくった髪をどうにかしないとならなくて忙しいというのに。
「だから呼び名。火宮さんと言うが、おまえ、自分も火宮だぞ」
「っ!」
そうだった。
俺は先日火宮と入籍し、火宮姓になったんだった。
まだ馴染まなくてつい忘れてしまうけど。
「ん?翼?」
「っーー。そ、です、けど…」
だからなんだ?
それはつまり、刃呼びしろという催促か。
「いや無理っ」
「ククッ、ベッドでは呼ぶくせに」
「っ…」
だからでしょうが。
どうしてもその呼び名は、その、情事を思い出してしまうから。
「火宮さんは火宮さんなんですっ」
ニヤニヤと浮かぶ意地の悪い笑みがムカつく。
反射的に反発が浮かんで、ツンとそっぽを向いた俺は、たまたま火宮の腕時計の文字盤を目に入れた。
「やばい、時間っ!遅刻する!」
「ククッ、だから呼びに来てやっただろう?それをおまえが…」
「俺のせいですかっ?!だって火宮さんが…」
無駄に絡んでくるから悪いのに。
「じゃなくてそんなことより、やばいやばい!初日から遅刻とか、そんな悪目立ちしたくないですっ」
もう髪はこれでいいや。
そこそこ見れる程度には落ち着いたし。
「ククッ、サツに追われない程度に急がせてやる」
「いや、安全運転で!制限速度は守りましょう!」
遅刻もまずいけど、そんな飛ばされて何かあったらそれこそ大変だ。
「ククッ、ほら、ネクタイが曲がっているぞ」
「っ…」
何この人。これって計算?
振り向いた俺の胸元にスッと伸びて来た手にドキドキする。
クイッと器用に直されたネクタイの結び目に、カァッと頬が熱くなった。
「よし。あぁ、似合うな」
「っな…」
もうわざととしか思えない。
スッと目を細めた火宮が、1歩離れて俺の全身を満足そうに眺める。
「やはりこの色は翼の容姿に映える」
「………」
まさかこの人、制服で学校を選んでいないよね?
顔が利くし融通が利くし名門校だからとか言っていたけど…。
「ほら翼、鞄」
「どうも…」
「ちゃんと教科書類も詰めておいた」
お母さん?
思わず浮かべた言葉はまたもしっかり口に出ていたようで。
「できた旦那だろう?」
「っ、旦那って!」
本当もうこの人は。
「ほら出るぞ。下に車を待たせている」
「うー、本当に送り迎えじゃないと駄目なんですか?」
「それは散々話しただろう?安全のために我慢しろ。」
「うぅ」
「大丈夫だ。大多数は一般人とはいえ、中にはどこぞの会社社長のご令息だご令嬢だ、なんたらという政治家の子女だ官僚の息子だも通っているような学校だ。送迎、ボディーガード付きなんて珍しくもなんともないから気にするな」
はぁ。本当かな。
まったく庶民の俺からしたら理解に苦しむ環境だ。
「帰りもちゃんと迎えの車に乗れよ」
「はい…」
「くれぐれも勝手に歩いて帰ろうなどとするんじゃないぞ。迎えの時間の変更や、迎えがいらないときは護衛に…基本は浜崎に連絡を入れろ」
「え…?」
それはどういう意味…?
キョトンと火宮に向けた顔の意味が分かったのか、火宮がククッと喉を鳴らした。
「おまえだって友達付き合いが出来れば、放課後に寄り道をしたい日だって出てくるだろう?」
「え…」
いいの?
俺が新しく友達を作ったり、その友達との時間を持ったりしても、いいものだろうか。
その疑問は火宮の苦笑が答えてくれた。
「翼、おまえはおまえの時間をちゃんと過ごしていい。危険があったり、こちらの都合上どうしても仕方がないときはその限りではないが、俺はおまえの行動をむやみやたらに制限するつもりはない」
「っ…」
「何に遠慮することもなく、普通に楽しんでいい。俺はおまえの生活をちゃんと尊重する」
「火宮さん…」
もう本当、この人は…。
本当、できた恋人だよ。
「ただし、俺が妬かない程度にしておけよ」
ククッと最後は悪戯っぽく笑った火宮だけれど、その思いは十分嬉しく俺に届いてきた。
「気をつけます」
「まぁ妬かせて仕置きされたいのなら、やってみるがいいがな」
クッ、って。そのサディスティックな笑い。
「しませんよっ」
もう、だからこの人は!
優しい顔が1秒と保たない、さすがの火宮様。
そんなこんなで、喋りながらいつの間にか、一階のエントランス前にたどり着いていた。
「じゃぁな、行ってこい」
「はい、行ってきます」
出勤のため、俺とは別の車に乗り込んでいく火宮が、ふと振り返る。
「学校についたらメールしろ」
過保護ですかっ。
「っ、分かりました…」
危ない。
うっかり口が滑りそうなのを、何とか思い止まった。
「ククッ」
「っ、い、言ってませんからね、何も」
「そうだな」
愉しげに瞳を揺らす火宮に、ギョッとなる運転手と護衛を見ながら、俺も俺に用意された車に乗り込む。
「どうも、よろしくお願いします」
こちらは見知った浜崎と及川でよかった。
何故かワタワタと慌てている浜崎を不思議に思いながらも、俺はこれから向かう編入先の高校に、ワクワクと期待を浮かべた。
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