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第254話
初日の学校は、滞りなく無事に終わった。
担任は優しそうな若い男の教師だったし、クラスメイトも親切で人懐こい人が多い、いいクラスだった。
今日は新クラスの発表とクラスメイトとの顔合わせ、オリエンテーションとホームルームがあっただけで放課となった。
「ふーっ、帰るかぁ」
火宮に詰められた教科書類をすべてロッカーに詰め込み、かなり軽くなった鞄を持って俺は椅子から立ち上がった。
ちらほらと残っているクラスメイトが、それぞれのグループらしき数人と固まって、放課後の寄り道の相談をしている。
「んー…」
どこかのグループに声をかけてみようかな、と思いながらも、編入早々図々しいかも、と思い直して、今日は大人しく帰り支度を整えて、廊下に続くドアの方に向かおうとした。
その時。
「あっ、ごめん」
不意の動きをしてしまった俺は、たまたま横を通り過ぎようとしていた1人の男子生徒とぶつかってしまった。
「いや…」
チラリと俺を見た目が、スッとすぐに逸らされる。
ツーブロックにしたショートヘアの、やけに鋭い目つきをした男子だ。
「えっと…」
名前、何だっけな…。
一通り、担任が出席を取る形で呼名をしたけれど、さすがにその1度では覚えていない。
「あの…」
仕方がないから聞いてみよう、と思って、俺が口を開いたとき。
その男子生徒はスルリと俺の横を通り過ぎ、教室を出て行ってしまった。
「え?」
ぶつかられて怒ったのかな…。
それとも急いでいただけだろうか。
やけに無愛想だった男子に首を傾げた俺は、途端にワラワラと集まってきたクラスメイトに囲まれた。
「火宮くん…だったよな?」
「え?うん」
「あいつ…」
「え?」
クラスメイトたちが、ざわざわ、ひそひそと目を見合わせあう。
チラチラと、さっきの男子が出て行ったドアを見ながら、何だか声を潜めるようにする様子がやけにおかしい。
「あいつさ、豊峰藍(とよみね あい)。あまり関わり合いにならない方がいいぜ」
こそっと囁かれる1人の言葉に、俺は思わず眉を寄せてしまった。
それはイジメとかいうアレなのだろうか。
「どうして?」
大した理由もなくそんな忠告をしてきたのなら、聞き入れる必要はない。
理由を尋ねた俺に返ってきたのは、予想外の答えだった。
「あいつん家さ、ほら、いわゆるアレなんだよな」
「アレ?」
どれ?
忠告してきたわりに言葉を濁すクラスメイトに、俺は首を傾げるしかない。
「そうアレ。あいつん家、ヤクザらしいんだよ」
「え…ヤクザ?」
クラスメイトの放った一言に、ドクッと心臓が跳ねた。
「あぁ。ヤバイだろ?極道ん家の1人息子だっていう話だぜ。あいつ自身もあまりいい噂聞かないしさ」
「そ、う、なんだ」
声、震えていないだろうか。
顔は引き攣っていないかな。
へぇ、と浮かべた笑みは、完全に愛想笑いだった。
「まぁあいつ自身もあんな感じでさ、俺らとは一線を引いてるし、そっけないだろ?ちょっと浮いてるし、孤立している感じだからさ。火宮くんも、あまり気にしないほうがいいよ」
多分この人たちは、善意のつもりで言っている。
内情を知っている自分たちが、何も知らない編入生に、よかれと思って教えてくれている。
それは分かる。分かるんだけど。
「うん、ありがとう。でも俺、自分の目で見てそういうの判断したいと思うから」
「へ、へぇ?そっか」
「うん。でも教えてくれてありがとう。頭には入れておくよ」
にこりと笑った俺に、俺を囲んだクラスメイトは複雑な顔をしていた。
「ま、まぁすぐに分かると思うし。なぁそれより、今日、火宮くんも俺らと一緒に遊びに行かない?」
今からゲーセンとショッピングモールに行く、と言っている彼らに、俺は小さく首を傾げた。
「うーん、でも今日はちょっと真っ直ぐ帰らないとならないんだよね」
本当はそんな予定はないけど。
「そうなんだ。まぁ初日だしなー」
「ごめんね。誘ってくれてありがとう」
にこりと微笑めば、彼らの数人が何故かパパッと目を逸らしてしまった。
「いや、急に誘ったし。じゃぁまた今度遊ぼうぜ」
「うん、ありがとう」
きっといい人はいい人なんだろう。
だけど俺は、どうしてもさっきの忠告が心に引っかかっていた。
「じゃぁまた明日ー」
「うん、また明日」
「バイバーイ」
わいわいしながら、クラスメイトたちは教室を出て行った。
「俺も帰るか…」
そのクラスメイトたちから遅れること数分。
俺もようやく教室を出て、下駄箱に歩いて行った。
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