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第255話
「ククッ、で?どうだった?」
今日は編入学祝いも兼ねて、外食しようと誘ってきた火宮に連れられ、隠れ家的な外観で、シックな店内の、高級ステーキ店に来ていた。
「何が食べたい?」という火宮の質問に、「肉」とだけ端的に答えた結果がこうなった。
「どうって…うーん」
「友達は出来たか?」
表面はこんがりと焼き色がつき、切った中は綺麗な赤色のジューシーな肉を品よく口に運びながら火宮が目を細めた。
「友達…はまだですけど、何人かとは話しました」
「そうか」
穏やかに軽く頷いて、薄く目を細める火宮を見て、俺はグッと奥歯を噛み締めた。
安心したように微笑む火宮に、あの話はできない…。
放課後、クラスメイトたちに聞かされた話が脳裏に蘇る。
極道の1人息子。ヤクザ。ヤバイ。
ざわつく内心をぐっと堪え、ぎゅっと手の中のフォークを握りしめる。
思考に気を取られていた俺は、じっと火宮の手元を見つめてしまっていたらしい。
怪訝な顔をした火宮が首を傾げた。
「どうした?」
「え?あ…」
肉がポロッとフォークから落ちてしまい、俺はハッとしてそれを突き刺し直した。
誤魔化すようにパクッと口に運んだ肉を噛めば、じゅわーっと凝縮された旨みが溶け出す。
「んまっ!」
「ククッ、それはよかった。よかったが、翼?」
「っ…」
満足そうに微笑んでいるくせに、火宮の目はどこか鋭く俺を射抜く。
その、何もかもを見透かすような火宮の目に、ゾクリと身体が震えた。
その隠し事をさらりと暴くほろ苦い甘さには敵わない。
「何があった?」
何かあったか、ではなく、確信的に聞いてくる火宮に、俺は吸い込まれるように堕ちていた。
「気になる話を聞いたんです…」
火宮は不快になるだろうか?
不安に鼓動を高めながらも、俺の口は続きの言葉を紡ぎ出す。
「その…クラスメイトにヤクザの息子だって言われている子がいて…」
「ほぉ」
「豊峰くん、っていうんですけど…」
チラリと目を上げて窺った火宮の表情からは、内心がうかがえなかった。
「豊峰ね…」
「え?」
「ククッ、さっそく関わったか」
え?
不意に楽しげに瞳を揺らした火宮に、俺は首を傾げるしかなかった。
「ひ、みや、さん?」
何だろう、この違和感。
まったく動揺していないどころか、むしろこうなることの方が自然の流れみたいな顔…。
「ふっ、おまえには予断を持たせたくなかったから黙っていたが。豊峰の息子が同じ学校にいることは知っている」
「え…?知り合い、ですか?」
そうか。
俺とちょびっと関わるだけのような人の素性も、裏で調べるような人たちだ。
同じ高校に通う人、ましてやクラスメイトの素性は調べて当たり前、か…。
ついつい忘れがちになる自分の立場をハッと思い出して、俺は思わず苦笑を浮かべた。
「そうですよね。知ってますよね」
「まぁな。うちと同系列の、格下の組の坊ちゃんだ。あそこは昔気質の任侠ヤクザだ。ひとたび敵に回せばとても穏健派とは言い難い、バリバリの武闘派だが、うちと敵対しているようなことはない」
「そ、うですか…」
少なくとも敵ではなく、警戒の必要はないということか。
「仲良くしたければすればいい。だが翼、おまえの顔が曇った原因は、豊峰がヤクザと知ったからではあるまい」
え。
顔に出したつもりはなかったけど、やっぱり表情が曇ってたのか…。
「敵わないなぁ」
本当、この人は、俺をよく見てくれている。
「翼?」
「ん…。そうですね」
俺が気になったのは、それを話してくれたみんなの反応だ。
ヤクザと聞いて引く、一般人からしたら当たり前の反応。
同時に豊峰がそうと分かっている様子で、みんなと一線を引いているような態度をしていたことも気になった。
「翼?」
「はい…」
俺も同じようにヤクザの関係者だ。
その俺は、みんなにそうと知られていないというだけで、あんな風に気さくに話しかけて来てもらえたけれど。
その彼らは、俺がヤクザの関係者だと知ったら、豊峰にしているように、離れて避けるようになるんだろうな、とどこかでぼんやりと思う。
俺は、どうしたらいいか。
数ある選択肢の中から、何を選び取ることが正解なのか。
すぐにすぐには答えが出そうにない。
「難しいなぁ」
編入早々、なかなかの難題にぶつかった気分だ。
けれどこれは、俺が自分で考えなければならないことだと思うから、火宮に話す気にはならない。
「ふっ、ゆっくりでいいさ」
「え?」
「ゆっくり自分の答えを見つければいい」
「っ…」
俺は何も言っていないのに。
この人はこうして俺の一歩も二歩も上を行く。
「どうしても困ったら俺がいる。おまえには俺がいるから。それだけ忘れるな」
「っ…ぅ」
もうっ!本当に。
その上この人は、こんなにも全力で俺の味方だ。
いつだって俺を受け止める準備をして、黙って俺を信じてくれている。
辛くなったら、迷ったら、頼っていいんだと両手を広げて待ってくれている。
「もう、ズルいですよ」
「んっ?」
「いい男すぎて、ズルいです」
こんなにこんなに好きなのに。
ますます、ますます好きになる。
「ククッ、褒め言葉か」
「自分で言うところは火宮さんですよねっ」
いい男の自覚があるからタチが悪い。
「でも好きなんだろう?」
そういうところも。
ニヤリと笑う、その自信に満ちた表情が似合うこと、似合うこと。
「ふんっ。好きですよーだ」
べぇっと出した舌と、引っ張った目の下を見て、火宮が笑う。
「ククッ、今夜は翼、覚悟しろ」
「っ!待っ、て…俺明日も学校」
しかも明日から丸一日の通常日課になるんだけど。
「ふっ、煽ったおまえが悪い」
「っーー!」
その壮絶な流し目。
ムンッとむせ返るような色気を纏った火宮があまりに妖艶で。
煽っているのはどっちだよ?!と思いながら、カァッと熱くなる身体は誤魔化しようがなくて。
「まぁまずはデザートの前に腹ごしらえだ」
「っ…」
グサッと刺したレア肉を、がぶりと口に運んだそれは計算か。
言っていることはかなりのオヤジ発言なのに、その後に食われるのは俺だ、と思う身体がソワソワと落ち着かなくなった。
「ん?おまえは食欲より性欲か?」
ニヤッと笑った意地悪な顔が、モゾモゾと足を擦り合わせて、中心に集まった熱を誤魔化そうとしている俺の状態を見透かしていた。
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