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第257話
午前中の授業はなんの問題もなく、無事、昼休みを迎えた。
真鍋の家庭教師のお陰か、実は少し心配していた授業内容についていけるかという不安は、完全な杞憂だった。
「鬼について頑張っただけはあるかー」
うーん、と伸びをしながら独り言を呟きつつ、さて昼ご飯をどうするかと辺りを見回した。
2年に上がるときにクラス替えがあったとはいえ、去年から在籍しているみんなは、それなりに友人が出来ていて、グループも確定しつつある。
これは中々入って行き辛いな…。
でも早いところ何かしらのアクションを起こさなきゃな、と思いながら、俺は弁当派で固まるグループ、学食に行くらしい集団、コンビニメシや売店で調達派と分かれていくクラスメイトたちをキョロキョロと眺めた。
そのときふと、スルリと俺の後ろを通り過ぎた1人の男子生徒に気がついた。
「あっ…」
豊峰だ、と瞬時に分かった俺は、何故か反射的に椅子から立ち上がり、その後を追っていた。
「待って、待って!」
スタスタと、多分売店の方に向かっているらしい豊峰を、俺はパタパタと追った。
そんな俺に気づいているのかいないのか、豊峰は振り返りもしなければ、足を止めてくれるわけでもなく、さっさと歩いていく。
途中、売店でパンを買って、中庭に辿り着くまで、それは変わらなかった。
「はぁっ、はぁっ、待ってって言ったのにー」
豊峰を追いながらも、自分もワタワタとパンを買ってきた俺は、中庭のベンチに腰を落ち着けた豊峰の前に立った。
「ねぇ、お昼一緒にしていい?」
「………」
チラッと一瞬俺を見上げた豊峰は、無言のままストンと視線を落とした。
「あのっ…」
「あんた、編入生だったよな?」
パンのパッケージをバリッと開け、豊峰がポツリと呟いた。
「うん。ふし…火宮翼です」
「ふぅん、じゃぁ翼クン?友達作りに必死なのは分かるけど、俺に声をかけたのは間違い。他を当たりな」
バクッと大きな一口でパンにかぶりついた豊峰が、ようやくゆっくりと顔を上げて俺を見た。
「なんで?」
「なんでって、あんた、俺の噂、聞いてねぇの?」
薄く目を細めた豊峰のその頬には嘲笑が浮かんでいる。
「えっと、噂っていうのは、豊峰くん家がヤクザだっていう…?」
「はっ、知ってんじゃん。だったら何でわざわざこんなところまで追いかけてきて絡んでくるわけ?」
せっかく無視してやってたのに、と馬鹿にしたように笑う豊峰に、心がざわつく。
「だって俺は、豊峰くん自身とちゃんと話をしてみたいなって思ったから」
家がヤクザ。だから豊峰を避ける、というのは、俺は違う気がする。
真っ直ぐ豊峰を見返して思ったままを口にしたら、豊峰の目が冷たく鋭く尖った。
「はっ、ヤクザの1人息子だからって、悪い人とは限らねぇって?どんだけオメデタイ頭をしてんだよっ」
「だって俺はまだ豊峰くんのことを何も知らないから。家がヤクザだってだけで判断できることは何もな…」
「ふんっ、偽善者」
「っ?!」
豊峰の嘲笑が見えた、と思った瞬時には、ぐるんと視界が回転していて、気付けば俺は、ついさっきまで豊峰が座っていたベンチの上に仰向けで倒されていた。
胸元のシャツを掴んだ豊峰の手が、ぐい、と首を絞めてくる。
「っ、苦し…」
反射的にパタパタと足がもがいた。
息苦しさにジンワリと涙が浮かんだところで、ふと豊峰の手の力が緩んだ。
「じゃぁ教えてやるよ。俺は暴力団の組長を父親に持つ、暴力団の1人息子。俺自身もこうして乱暴者の、れっきとした暴力団の一員」
「ケホッ…コホッ、と、よみね、くん…」
ふんっ、と鼻を鳴らして言い放たれた豊峰の言葉は、チクチクとした棘を含んでいた。
「話なんか通じると思ってんの?何かあればこうしてすぐ手が出る。あんたが俺に何を期待したのか知らねぇけど、俺はこの通り、何でも力で解決しようとする、噂通りの悪人だ」
「っ…」
「分かったんならさっさと俺の前から消えろ。2度とこんな風に話しかけてくるな」
じゃぁ何で、胸倉を掴む手から伝わってくるのが、手加減の入った気遣いなんだろう。
豊峰の言動が、ざわ、ざわ、と俺の心を波立たせて止まらない。
「でも俺は…」
「はっ、こうして締め上げられてもまだ、ゴチャゴチャ抜かす気力があるわけ?」
見上げた根性だな、と鼻を鳴らす豊峰が、グイッと一際強く俺の胸元を引き寄せ、吐息が掛かるほど間近で俺の目を覗き込んできた。
「あんまりしつこくウザいこと言うようなら、あんた、どうなるか分かんねぇぜ?」
ニヤッと不敵に笑う豊峰の表情は、なんだか嘘くさくて、作り物みたいに俺には見えた。
「怖くなったろ?」
「ううん、怖くはない」
「なっ、てめ…」
じっと真っ直ぐ豊峰に視線を合わせてしまったら、掴まれていた胸元を、勢いよくドンッと突き飛ばされた。
背中を強かにベンチに打ちつけ、一瞬息が詰まる。
「う、ゴホッ…痛たぁ…」
「いい度胸してるじゃねぇか」
グッと馬乗りになった豊峰の手が、高く振り上げられたのが見えた。
あぁ、殴られる…?
どこか現実味のない予感の中で、本能的に歯を食いしばったとき。
「はい、そこまでー。藍、やり過ぎ」
パンパン、と手を打つ音が聞こえて、制服姿の1人の男子生徒が現れた。
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