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第259話

「ククッ、それで?」 ちょこんと座ったリビングのソファの上。 見るともなしに付けっ放しで流されているテレビの画面を視界に入れながら、俺の意識は隣で笑う火宮の声に向いている。 広いソファの上、何故か俺にくっつく形で隣に座った火宮が、にこにこと俺の高校での話を聞いているところだ。 「えーと、数学なんて、もうむしろ分かりすぎるっていうか、真鍋さんがちゃっかり予習も含んでいたんだなー、って気づきました」 「そうか」 「英語は苦手な方なんですけどね、今日はちゃんと当てられた場所を答えられたんですよ」 えへへ、と自慢げに話せば、ポン、と頭に乗ってきた手が褒めてくれた。 「鬼にシゴかれながら頑張ったからな」 「ですよねー」 愛の鞭だった、と今なら分かる。 でもあのときは本気で真鍋を恨みかけていた。 「ククッ、学習面で困ったら、いつでも貸してやる」 「うーん、よっぽど困ったら頼らせてもらいます」 それでもやっぱりギリギリまでは遠慮したい、あのスパルタ鬼教師。 「ふっ、無理だけはするな」 「はい」 「それで?おまえのことだ。もう友人の1人や2人、出来たんだろう?」 人懐こさは知れているか。 「えーと…クラス委員長と友達になりました」 「ほぉ?優等生か。また随分と毛色が違う」 クックッと笑う火宮は、俺をどんなタイプだと思っているのだろうか。 「変ですか?」 「いや、おまえが選んだなら間違いないだろう」 「う…」 なにその絶対的な信頼っていうか、遠回しな褒め言葉っていうか。 真顔で言われると照れるんですけど! 「名前は?」 「あ、紫藤くんです。紫藤和泉くん」 「ふぅん、紫藤ね。で、昨日言っていた豊峰はどうなったんだ」 気にしていただろう?って? 「あは」 そこは触れないでもらいたかった。 えぇそりゃもう、全力で避けていただきたい。 「なんだその中途半端な笑みは」 「あー?いや別に特に何も」 ふらぁ、と彷徨ってしまう目が、ヤバイと思うのに泳ぎまくってしまって。 「翼?」 「いや本当、何もないですよ?話してみたいとは思いますけど、なかなか捕まらなくてですね」 まさかまさか、しっかり突撃して、襲われ返されただなんて。 バレたら俺も豊峰も死ぬ。 本気で終わる。 「おまえは俺の前で相変わらず別の男を庇う気か」 「へっ?えっ?」 「誤魔化すような何があった」 うわー。なんて鋭い。 サクッと核心を突いてきた火宮に、何で分かるんだ、と思いながらも、それを認めるわけにはいかない。 「だから何もなくて…」 「ふっ、嘘つきには痛い仕置きだぞ」 ペンッ、と空中で手を翻して何かを叩く仕草をした火宮に、ギクリと身体が強張った。 くそぅ。痛みが何より嫌いな俺を知っていて…。 だけど、俺が言わなきゃ誤魔化し切れる! 俺は引き攣る顔を何とか笑みに変えて、フルフルと首を振った。 「だから、何もないですよ。だからお仕置きなんて」 「そうか。そんなに今夜は苦痛に泣きたいか」 「っ…」 だから何でそんなに確信的なんだ。 「まさか…。ねぇ火宮さん」 「なんだ?」 「まさか、校内にスパイもどきのガードなんて、潜入させていませんよね?」 部外者は完全に立ち入り禁止だし、火宮が選ぶくらいのセキュリティー万全な学校だ。 私的なボディーガードは門まで、と聞いていたから、そういうものだとは思っていたけど。 「あなたのことだから、教師か生徒かを買収して、密告者に仕立て上げていたり…」 チラッと見てしまった火宮の顔が、何だかとても意地悪に笑んでいて。 「あれ?」 なんだろう。 このヤバイ感じ…。 「っ!」 やばい。 ちょっと待った。俺、なに言った! ザァッと血の気が引く音を、俺は確かに俺自身から聞いた。 「ほぉ?なるほど、それはつまり、密告られては困るような何かがあって、おまえが必死で誤魔化し、裏でどうにか隠そうと計算していると遠回しに白状しているわけか」 「う、ぁ…」 やばい、やばい、やばいー。 はっきりとは言っていないけど、これは火宮に言われるまでもなく自白と何も変わらない。 「ふんっ、何もないなどと、どの口が言ったんだ?」 「うぁーっ、ズルい!誘導尋問だ、こんなの!」 勝手に誘導されちゃったのは俺だけど…。 「何とでも言え。そもそも、おまえの口ほどにものを言う目を見て、嘘や隠し事が見破れないわけがない」 まさか隠せると思っていることに驚きだ、って…。 だって、俺ってそんなに分かりやすいわけ? そんなつもりはないのに…。 「さてと、俺は忠告したからな?」 「あ…」 嘘つきには痛い仕置き…。 ザッと青褪めた顔は、鏡を見なくても分かった。 「覚悟しろ。今から嘘つきの尻は真っ赤に腫れ上がることになる」 いやーっ!と迸った悲鳴が、リビングの空気をビリビリと震わせ、自分の耳すらキーンと痛ませた。

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