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第270話
パンッ!
いや、銃声じゃないよ?
銃声なんかじゃなくてこれは…。
パンッ!
「ったい!痛いっ…」
うぁぁん、と上がる俺の泣き声が、会長室に響いていた。
結局あの後、クラスメイトとさよならした俺は、呼び出しを食らった居残りに向かい、たっぷり説教と雑用をいただいた。
そう、真鍋が今こうして怒っているように、すっかり帰りが遅くなるという連絡を忘れて。
「まったく。まさか校内で、あなたの身に何かあったのかと、どれだけこちらをざわつかせたかお分かりですか?」
パンッ、とまた音が鳴って、お尻がビリッと痛くなった。
「あーん、だってっ、ついうっかり…」
忘れちゃったものは忘れちゃったんだ。
だって俺には学校に送迎付きなんて扱い、まだまったく慣れていないんだもん。
バタバタと足を跳ね上げながら、俺はスンスンと鼻をすすった。
「しかもその理由がまた、なんですか?」
「ひっ…」
バシィッ、と一際強くお尻をぶたれて、反射的にビクンッと身体が仰け反った。
「あぁぁっ、だってーっ…」
ちょっと授業中たるんじゃっただけで。
それでちょっと呼び出し受けたくらいで、何もこんな、膝に乗っけて小さい子供にするみたいにお尻をバシバシ叩かなくたって…。
そう、俺は今、結局迎えと合流できた後、真鍋の命令で事務所に連れてこられていて、会長室に引きずって来られたかと思ったら、仕事をしている火宮の傍らのソファで、真鍋に説教と体罰を食らっているところだった。
「だって、ですって?」
「ひっ、あぁーっ!痛いーっ」
何、何、何っ?!
なんで抓るーっ!
ぶたれたお尻にギュッとした別の痛みを感じて、じわぁ、と涙が滲んできた。
「私はご入学前に申し上げましたよね?」
「な、にを…?」
「あなたは会長の後ろ盾で、会長の名を背負って編入なされていると」
「あー?」
まぁ聞いたけど…。
「そのあなたが、一体何をなさっているのですか」
「何って…」
授業中上の空で注意されて居残り?
5時間目はちょっと時間ギリギリになっちゃって怒られたけど?
「あれほど会長の御名を汚すことのないようにと言いつけたでしょう?」
「っ…」
パンッ!とまた1発、お尻に痛みが広がった。
「それがなんですか!授業中に注意を受け、呼び出しを食らった挙句に、居残りで罰を受けたですって?」
「あぅぅ、ごめっ、なさ…」
「聞けば午後の授業も遅刻しかけて悪目立ち」
「ひぃんっ、ごめんなさいーっ」
「会長の名をしっかりお下げになられて下さいまして…」
「うぁぁっ、だからっ、ごめんなさいっ…」
もう分かった。
もう反省した。
これからちゃんと気をつけるから。
だからもうお仕置きは…。
ひぃんっ、と喚きながら暴れた瞬間。
「ククッ、真鍋、もうそれくらいにしてやったらどうだ?」
ふと、今まで黙って仕事をしていた火宮の方から、助け舟が漕ぎ出されてきた。
「火宮さんっ、助けてー」
これは乗り込むしかない!と、俺はバタバタともがいた手を咄嗟に火宮に伸ばす。
「はぁっ、まったく。だから会長は、翼さんに甘すぎるのです」
「ふっ、まぁだがな」
この鬼。
これでもまだ、背中を押さえる手は緩まないとか。
「会長のお名前を背負って、弛んだことをなされたのですよ?」
「それは、まぁ、な?だが可愛い失敗じゃないか。翼らしい」
「はぁぁっ、その失敗が何をなされました。翼さんから連絡もなく、時間になっても校門を出て来ないと聞いたときのあなたは…」
え?
え、何?
やっぱりそんなに大変なことだった?
「クッ、それは後で俺の方からもたっぷり言い聞かせておく。だから真鍋、もうそろそろ許してやれ」
かなり懲りただろう、と笑う火宮に、俺はコクコクと頷いた。
「はぁっ、会長がそうおっしゃるのでしたら」
「はぁ、よかっ…」
「ですが翼さん、今度授業中に注意を受けたり、教師から呼び出しを食らうようなみっともない真似をなされてみて下さい?」
「ひっ…」
だから、何。
スゥッと目を細めた真鍋の言葉の先は、やっぱり俺の勝手な想像力だけに任された。
「っ…も、しま、せん…」
何とも言われなかったけど、とにかく怖いことになるのは間違いない。
ビクリと身を竦めた俺を、真鍋は満足そうに見下ろした。
「よろしいでしょう。では本日上の空で授業を聞き逃した分の復習ですが」
「う…」
火宮の仕事が終わるまで、ここでビシビシとしごかせてもらうって?
「火宮さぁん…」
鬼がいるー、と縋ってみたけれど。
「まぁちょうどいい。頑張れ」
「っ!」
見捨てられた!
どうせ俺の仕事が終わるまで暇だろうって、さっさと仕事に戻る薄情な恋人が恨めしい。
「ほら、翼さんは会長のお仕事を邪魔なされないで下さい。会長のお仕事も遅れているのですからね」
ヒヤリ、とした冷たい空気が、真鍋から漂う。
スゥッと細められた目は火宮の方に冷ややかに向いて。
「まさか…」
この様子は、火宮も真鍋に尻を叩かれているのか。
まぁもちろん俺と違って慣用句的な意味でだけど。
「あなたが連絡忘れの騒動を起こしたせいですよ」
「あ…」
そ、うなんだ…。
きっと心配させた。
この様子だと、仕事が手につかなくなるほど。
もしかしたら自分で俺の様子を見に行く、くらいは言って駄々を捏ねたかもしれない。
「ごめんなさい…」
しゅん、と思わず項垂れてしまった俺に、火宮の苦笑が向いた。
「無事ならいい」
「はい…」
「まぁ夜は覚悟しておけ」
「え!」
いやそれ、別問題!
「はぁっ、会長っ!」
「なんだ真鍋」
「ですから、そもそも、そもそも、そもそも、翼さんが上の空になられた原因は!あなたのその連日の夜遅くまでの翼さんをお可愛がりになられる行為が…」
「クッ、さて、仕事、仕事。あぁこれは夏原のチェックが必要…」
「会長っっ!」
うわー、真鍋さんが裏ボスとか、あながち火宮さんの冗談でもないかもしれない…。
「なにか?」
「え!」
ギロッて、何で俺?
言ってない!
「まったくこのバカっぷるが」
え…。
なんか真鍋の口からあまりに似合わない単語が聞こえてきたような?
「ほら、起きて下さい。それともまだぶたれたいというなら、話は別ですが」
「えっ?嫌ですっ!もう十分ですっ!」
痛たた、と制服のズボンの上からお尻をさすりながら、俺は慌てて真鍋の膝から飛び降りた。
「でしたらさっさと教科書とノートを出しなさい」
「はいっ…」
ソファの前の応接テーブルに慌てて鞄の中身を広げた俺は…。
「やば…」
「ほぉ?これは、よほど教育的指導をお望みのようですね」
1文字も授業のメモを取っていない、白紙のノートに向く、真鍋の絶対零度を凌いだ冷たい視線に凍りついた。
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