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第273話

「はい、かんぱーい!」 って言ってもソフトドリンクだけど。 カチン、カチンと当たるグラスの音があちこちで上がり、クラスの親睦会がスタートした。 「ねぇねぇ、何歌う?」 「あっ、俺ポテト食いてぇ。頼んでいい?」 「あたしオニオンリングー!」 わいわい、がやがや、それぞれが好き勝手に、選曲に励んだり、メニュー表を眺めて盛り上がったりしている。 どうしても部活を休めない数人と豊峰以外は、全員参加しているみたいだ。 『懐かしいな、このノリ…』 前の学校と似たり寄ったりの雰囲気に、なんだかシミジミしてしまう。 「あ、の…ひ、火宮くん、は、何か歌う?」 ふと、1人の勇気を出したらしい男子が、恐る恐るといった様子で声を掛けてきた。 「え?あ、俺、歌はちょっと…」 歌えないわけではないけれど、人前で歌うのは得意ではない。 ごめんね、と謝りながら断る俺に、その子はワタワタと手を振っている。 「そ、う。あっ、じゃぁ何か食べ物とか」 今度はメニューを差し出されて、俺はその気遣いに、ニコリと笑って見せた。 「ありがとう!なんか、みんなが頼んだの、適当につまませてもらうよ。あっ、でも俺、すごく好き嫌い多いんだけどね」 あはは、と笑えば、途端にホッとしたように崩れる空気と、ワラワラと他のみんなが寄ってくる気配があった。 「何、火宮くん、そんなに偏食なの?」 「うん。嫌いなものをあげたらきりがないくらい」 「だからこんなにちびっ子なのー?あっ、ごめん…」 ぱふっ、と頭に手を乗せられて、思わずピクンと身体が跳ねた。 「いや、チビは本当だけどね。でもまだ身長伸び続けてるからねっ。まだまだ大きくなるよ!」 「火宮くんて、どんな人かなって思ったけど、明るくて楽しい」 「うんうん、思ったよりも話しやすい」 「しかも可愛い!」 「可愛い」の部分が、何人か声が重なっている。 「まぁ慣れてるけどねー」 どうせマスコット扱いだよねー、と笑う俺に、ますます人が集まってきた。 楽しい、な…。 わいわいとたわいもない話をして、あれやこれやと質問攻めになりながらも、みんなが心を開こうとしてくれているのが分かる。 まるで昔に戻ったような。 だけど顔ぶれと着ている制服が違う。 あの頃とは俺の立場も、そしてその背後に背負うものも違って。 「っ…」 不意に、グニャリと目の前の光景が歪んだ気がした。 「火宮くん?大丈夫?」 「え?あ、うん。大丈夫」 クラリと目眩を起こしたみたいに身体を揺らしてしまった。 どうしたのー?とか、大丈夫?とか。 覗き込んでくる、本当に心配してくれている目がいくつも見える。 「大丈夫。ちょっとぼんやりしちゃっただけ」 えへへ、と笑えばすぐに安心したように和む目が、すんなりと離れていく。 俺は…。 このクラスメイトたちが向けてくれる笑顔の、どこまでが本物なのだろうか。 幸い、好きなものや色、誕生日や好きな教科など、当たり障りのない質問しか来なかった会話だけど、もし。 もしも俺の素性に関しての質問に話が及んだら? 火宮に言われているから、社長の身内としか明かせないけど。 嘘ではないけど、本当のことも隠す俺に、どこまで本気の付き合いが許される? カラオケで盛り上がっているグループの声を遠くに聞きながら、俺は一匹狼を気取っている豊峰の姿を思い出していた。 「そういえば、今日は紫藤くんは?」 「紫藤?あぁ委員長?生徒会の仕事でしょ」 不意に気になった疑問には、あまりにアッサリとした答えが返ってきた。 「そうなんだ…」 そういえば、学年総代で生徒会役員もしているって言ってたな。 「委員長がこういう集まりに参加しないのなんていつものことだよー」 なんの不思議もない、というクラスメイトは、あっけらかんとしている。 「そうなの?」 クラス委員長とかいうのは、もっとクラスメイトの中心にいて、クラスの行事とかには率先して参加する人のことだと思っていた。 「うん。まぁ紫藤も、豊峰とは違った、なんていうかな?やっぱり俺らとは住む世界が違いますー、みたいな奴だしな?」 「そうそう。別に豊峰藍みたく害があるタイプじゃないんだけど、こっちとは一線を引いているっていうかさ」 悪く言えばお高くとまっている。 よくいえばずば抜けた優等生。 「家柄も、なぁ?」 「あぁ。官僚の息子だっけ?あれ?警視総監?まぁなんか、国のお偉いさんだよな、父親が。だからやっぱ俺らとはさ、違うっつーか」 付き合いづらいよな、と頷き合っているクラスメイトの言葉は、俺には引っかかることばかりだった。 「まぁ豊峰みたく、家がヤクザで、その上本人も先輩に喧嘩を売っただとか、他校のやつと揉め事を起こしただとか、そういうんじゃないだけマシかもしれないけど」 「そうそう。なんかやばい人たちとつるんでいるとか、ヤクの売人と繋がっているとか、あいつの噂はマジでヤバイもんな」 それに比べたら、紫藤は害がない分表面では付き合える、と、聞いてもいないのに、勝手に耳に入ってくるクラスメイトの言葉に、なんだか気分が悪くなってくる。 「あのっ、ごめん、俺ちょっとトイレ!」 「あ、あぁ、おう」 思わずいきなり立ち上がってしまった俺に、周りにいた数人がびっくりしていた。 「あは、ごめん。行ってくるー」 驚いて俺を見上げているクラスメイトにヘラリと笑って、俺は急ぐそぶりで逃げるように部屋を出て行った。

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