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第274話
「はぁっ…」
トイレの鏡に、嘘くさく笑う俺が映っている。
「おまえは誰だ」
にっ、と頬を持ち上げあげた俺と、真同じ表情を浮かべる少年がいる。
「偽物はどっちだ…」
鏡の中の俺は虚像。
ならばこちらにいる生身の俺が本物か?
「俺は…」
そっと手を伸ばしてみたもう1人の俺が、やっぱり同じように俺に手を伸ばしてくる。
ピタリと触れ合った手のひらと手のひらに、ヒンヤリと冷たい無機物の感触が伝わった。
「っ…!」
その冷たさにビクリと手を引いた俺は、慌てて鏡から視線を逸らし、パッとトイレを飛び出す。
ドクン、ドクンとうるさく鳴り響く鼓動を落ち着かせようと廊下を歩いて行ったら、ふと正面ロビーの大きなガラス窓の向こうの通りに、見知った人物の姿を見つけた。
「豊峰、くん…?」
あの横顔は、確かに豊峰だ。
クラスの親睦会を蹴って、1人帰って行ったはずだけれど。1人で寄り道でもしていたのか。
なんだかあまりよくなさそうな雰囲気の、私服姿の男たち数人に囲まれながら、カラオケ店の前を通り過ぎていく。
「っ…」
仲間っていう空気じゃない…。
絡まれてるんだ、と瞬時に察した俺は、一瞬後ろを振り返り、クラスメイトたちが盛り上がっているだろう部屋の扉を目に入れる。
「っ、でも俺は…」
気づけばタンッ、と床を蹴って、俺は店の出入り口に向かって走り出していた。
「あれ?火宮くん?」
トイレか、休憩か、ふらりと部屋を出てきていたらしいクラスメイトの1人が、不思議そうに声を上げたのが、背後に聞こえた気がした。
けれども俺は、前方のガラス窓の向こうに見える豊峰の姿を追うことに夢中で、その声に振り返る余裕はない。
「火宮くんっ?あ…。どこ、行く、の…?」
小さく息を飲む音が聞こえ、クラスメイトも俺が見つけた豊峰の姿を見つけたことに気づいた。
だけど俺の足は止まらない。
俺が追ったところで何ができるわけでもないけれど、明らかに非友好的な人たちに囲まれて歩いて行く豊峰の姿を無視できない。
「豊峰くんっ…」
勢いのままカラオケ店を飛び出し、豊峰たちが歩いて行った方角へ、何歩も遅れて足を向ける。
「豊峰くんっ、待って…」
早足が駆け足になり、通りを歩く人々をすり抜けながら追いかけて行く。
「は?え?伏…翼さんっ?!」
ビュンッ、と通り過ぎた店の前に、見知った誰かの姿を見たような…?
「っ…」
すでにかなり遠ざかってしまった豊峰の後ろ姿を、見失わないように必死で追いかける。
人の波の中に揺れる集団が、どんどん道の先を行き、人々を避けながら進む俺は中々追いつけない。
「あっ…」
そうこうしているうちに、豊峰の姿は、数人の男たちと共に、道の角を曲がって路地に消えた。
っ、あそこだ…。
その曲がり角を確認した俺も、迷わずその道に駆け込んだ。
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