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第275話

「っ!」 バッ、と飛び込んだ路地では、やはりというか何というか、豊峰が建物の壁際に追い込まれ、男たちに囲まれていた。 「豊峰くんっ!」 怖いは、怖い。 正直俺は喧嘩なんかしたことがないし、したとしても、多分、弱い。 腕に自信なんてまったくない。 それでも突っ込んでいけたのはただ、豊峰を放っておけないという思いだけ。 「は?なんだよおまえ」 「あぁん?こいつのお仲間か?」 「それにしちゃぁやけに弱そうなチビだぞ」 舐めるような視線が向けられる。 「っ…」 ビクリとわずかに引いた足が、ザリッと地面を擦った。 それでも何とか踏みとどまった俺に、男が1人、近づいてくる。 「っ、や…」 伸びてきた男の手が、ガシッと俺の腕を掴んだ。 「若サマのお仲間なんだったら、おまえにも一緒に遊んでもらわなきゃなぁ」 嫌な笑みを浮かべた男に、グイグイと路地の奥へと引っ張られていく。 「ったい…やめっ、離しっ…」 ヨロヨロと引きずられていった身体が、不意にドンッと突き飛ばされた。 ドサッと転んでしまったのは、不透明なゴミ袋がいくつも積まれて置かれていた場所で。 「っ…」 そのゴミがクッションになったおかげで痛みはなかったが、臭い。 「っ、あんた…何しに来てんだよ…」 男たちに壁に押さえつけられている豊峰の、いかにも厄介事が増えた、といわんばかりの面倒くさそうな目が向いた。 「あは、ごめん。何の役にも立たなくて。でも豊峰くんが良くなさそうな人たちに囲まれて歩いていたから…」 「はぁっ?それが分かってんだったら、普通、見なかったことにして無視するだろうが」 馬鹿か?と吐き捨てる豊峰に、俺は首を振っていた。 「だって友達が危なそうなんだよ?無視なんてできなくて。つい?」 「はぁっ?友っ…そんなのはっ…」 ぐっ、と言葉に詰まった豊峰の目が逸れていく。 「足手まといなんだよっ…」 ペッと吐き捨てるように言われた言葉に、ノロノロとゴミ袋の山から抜け出しながら、俺はヘラリと笑った。 「そうだよね。ごめん…」 言われてみたら俺にはこの状況をどうにかする力なんて何もないし、むしろ余計な手間をふやしてしまっただけだ。 「ごめん…」 俺が勝手にしたことだから、俺のことは気にしなくていい、と言おうとした言葉は、不意に俺の目の前にしゃがみ込んできた男の1人にグイッと前髪を掴まれて途切れてしまった。 「痛っ…」 「へぇ?若サマのダチだって?」 そんなものがいたのか、といやらしく笑う男に、ビクリと身体が強張る。 「ふぅん。どんな無謀な馬鹿かと思ったが、これは、これは。随分とお可愛らしい、お綺麗なツラをしてんじゃねぇの?」 男だよな?と、チラリと落ちた股間への男の視線に、ゾワッと寒気がした。 「おい、こいつ、押さえておけ」 「っ、やっ…」 前髪を引っ張られて横にドサッと引き倒された俺の両手を、男に命じられた別の男が、ひとまとめに頭上に押さえつけてきた。 「ちょっ、やめろよっ!そいつは俺とは無関係だっ」 壁に数人の男に押さえつけられたままの豊峰が、バタバタと暴れて叫んだ。 「ふぅん?なら別に、こいつがどうなっても構わないよな」 ニヤリ、と笑った男が、俺の服の首元に手を掛けて、ブチブチッとボタンを飛ばしながら、左右に開いた。 「っ…」 弾け飛んだボタンの1つが頬を掠めてピリッと痛む。 「マジか」「男だろ?」などと呆れながらも、ギラリとした獰猛な獣のような目をした男たちの視線が、舐めるように俺を見ているのが分かった。 「これはこれは…なんつー色気。おまえ、もしかして…」 はだけられた胸元の飾りに向いた男の目が、ニヤリといやらしく弧を描き、キュッとその突起を摘まれた。 「嫌ぁっ!」 ビクンッ、と仰け反ってしまった身体と、悲鳴が反射的に上がる。 気持ち悪い。怖い。気持ち悪い。 ゾゾッと湧き上がった不快感と寒気に、涙までもが滲んできた。 「やっぱり、この感度。おい、ちゃんと押さえておけよ?」 「ヤんのか?男だぞ?」 「俺は両刀。それに、おまえらだって」 ハァハァと興奮した息遣いを、男たちの何人もから感じた。 嘘…。 これって、れ、レイプ…され、るの…? 男の俺にその単語が当てはまるのかはよくわからないけど、カチャカチャとベルトを外し始めた男に、その予感は確信に変わる。 「安心しろ。俺の後には、ちゃんとみんなで輪姦(まわ)してやるから」 輪姦すって…。 呆然とした頭で、反射的にバタバタと暴れた俺は、とにかく逃げ出さなきゃ、と、必死に手足に力を込めた。 けれど男の力はすごくて、ビクとも動かない。 「嫌だっ!やめて!離してっ…」 「安心しろよ、ボクちゃん。ちゃんと気持ちよくしてやるって」 「嫌だっ、やだっ、ひみやさ…」 喚いて暴れて、思わず縋れる1つの名前を叫ぼうとした瞬間。 「チッ…」 小さく舌打ちをした豊峰が、不意に大振りで足を振り上げたのが目の端に見えた。 「っ、こいつっ!」 「いきなり抵抗っ…」 「若サマを押さえろ!くそっ、2人も一瞬で伸しやがって…」 ドカッ、バキッと人の争う音が聞こえたのと同時に、豊峰を壁に押さえていた男が2人、俺が寝かされた横の地面にゴロリと転がってきた。 意識がないようで、ピクリとも動かない身体は、豊峰がやったのか。 「別に俺は、あんたがどうなったって構わない。自分から勝手に巻き込まれに来たんだ。ヤられでも何でも勝手にすればいい」 ゆらりと壁から起き上がった豊峰が、陽炎のように苛立ちのオーラを立ち上らせせて、ジロッと俺を押さえている男たちを睨んだ。 「な、なんだよ。早く若サマを押さえろっ!」 「てめぇ…」 色めき立つ男たちだけど、腰が引けている。 「俺は関係ないんだ。あんたが勝手に友達になることを強要してきて、仕方なくやってるだけの友達だ。助ける義理なんてねぇ」 ゆらり、ゆらりと俺たちの方に近づく豊峰は、とても複雑な表情をしていた。 「でも、でもっ…」 「豊峰くん…」 ギュッ、と何かを堪えるように、目と口を一瞬結んだ豊峰が、次の瞬間には、キッと顔を上げて、俺たちの方を睨んだ。 「あんたが、上の組織の身内だから」 「え…」 「ここで見殺しにしたら、俺が後でどうなんのか、恐ろしいから」 「豊峰くん…?」 「だからっ、だから、仕方なく」 何の予備動作もなしに、不意に俺の両手を押さえていた男が、豊峰の蹴りに吹っ飛ばされてズザザーッと離れていった。 「その通り、っすよ。あんたら、このお方を誰だと思ってるんすかね」 ビュンッ、と風のように現れた、と思ったもう1人の男の姿が見えた瞬間、ドガッ、バキッ、グシャッと派手な乱闘の音が響き、また2人ほど、男が俺の周りに倒れて伸びた。 「後3人」 ニッ、と頬を持ち上げたその人が、ゆっくりと近づいてくる。 「てめぇ誰だ!また仲間かよっ?来るな!それ以上近づくとこいつがどう…」 ジャキッと出されたのは、キラリと光を弾く、サバイバルナイフというやつで。 その刃が俺の首元に向けられる…はずの瞬間に。 「意識逸らしてんな」 横からガツッと豊峰の蹴りが入り、男とナイフが俺の前から吹っ飛んでいった。 「やるっすね。じゃぁこっちも遠慮なく」 バキッ、グシャッ、とあまりに呆気なく、残りの男2人が、飄々とした態度の男に沈められていった。

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