276 / 719

第276話

「伏…翼さんっ、大丈夫っすか!」 慌てて駆け寄ってきたのは、華麗に男たちを沈めた男、護衛の浜崎で。 バサリと脱がれた上着のジャンパーが、はだけてしまった上半身の素肌を隠すようにかけられた。 「大丈夫です…。ありがとうございます」 「まったくもうびっくりしたっすよ。突然カラオケ店から飛び出して来たかと思ったら、ダッシュでどこかいなくなるし…」 「すみません…」 「わけもわからず、とりあえず何なんだ、と思いながら呼びかけてみても、まったく聞こえていないみたいで無視ですし…」 「え?あ…ごめんなさい」 豊峰を追うのに夢中で気がつかなかった。 「仕方がないから、及川と真鍋幹部に、移動する旨を連絡しつつ、とにかく追っかけてみたら、なんだかヤバイことに巻き込まれていらっしゃるし…」 はははっ、と苦笑している浜崎は、そうか。 今日は親睦会で寄り道をするからって、店名とそのことを連絡してあったわけで。当然、護衛の浜崎は、俺やクラスメイトに分からないように、俺の側にいたのだ。 「あー、でもこれはもう、かなりやられちゃった感じっすね…」 はぁっ、と溜息をつきながら苦笑を浮かべる浜崎が、参ったな、と頭を掻いている手に、ふと血の跡を見つけた。 「え…。待って、浜崎さん…」 どこか怪我を…と思ってよく見た浜崎の身体のその腕に、服ごと鋭い何かで切られたような傷や、頭には硬い何かで殴られたような跡と血が滲んでいるのが見えた。 「それ、どうし…」 「はっ、本当にあんたは、お気楽なお坊ちゃんだな」 突然、ケッと吐き捨てるように、豊峰の声が割り込んで来た。 「え?それってどういう意味…」 貶すような言葉に、ぼんやりと豊峰を見上げて、その後、浜崎に視線を戻したら、困ったように首を傾げる浜崎の顔が見えた。 「どうせ気づいてねぇんだから教えてやりゃいいじゃねぇか。あんたが俺を追ってここに飛び込んで来た後、もう邪魔者が入らないように路地の入り口に見張りに立った奴らがいたんだ」 「え…」 「そこのオニーサンは、あんたを助けに来て、その見張りと1発遣り合ってるよ」 え…。 豊峰の言葉に、ゆっくりと路地の入り口に視線を巡らせたら、確かに2、3人の男が、少し離れたそちらの方に倒れているのが見えた。 「おかげで救出が遅れまして、申し訳なかったっす」 深々と頭を下げる浜崎に、俺はただ首を振ることしかできなかった。 「はっ、鉄パイプにナイフ、ビール瓶を持った相手に対して、丸腰で単独で、あれだけの立ち回りは、十分最速だろ。さすが、すげぇよな。オニーサン、蒼羽会んとこの人?」 パンパン、と手を打ちながらにやりと笑う豊峰に、浜崎がオロオロと俺を見た。 「え?あ、その…ふ、翼さん…」 「あぁ、豊峰くんは、俺が蒼羽会関係者だって知っています…」 そういえばバレていること、火宮にも言っていなかったな。 「そうっすか」 「で、オニーサンはこの甘っちょろい坊やのおもりってところか?なら、そろそろあれ、ヤバイんじゃねぇの?」 ほら、と顎をしゃくる豊峰の視線の先に目を移せば。 「あ…」 「騒ぎになり始めているっすね…」 それはそうか。 これだけの乱闘だ。 路地とはいえ、さすがに通行人の目についてもおかしくない。 見ればザワザワと野次馬が集まり、「誰か警察」とか「写メ、写メ」とかスマホを構えている人々の姿が見えた。 「警察はまずいっすね。とりあえずずらかりましょう。えっと、豊峰…?さんもご一緒に」 スッと立ち上がった浜崎が、俺を遠慮がちに助け起こしてくれた。 「及川が察して車を回してきてくれていると思うっす。こいつらはとりあえずこのままで。後で幹部がいいように処理してくれると思うっすから」 さぁ早く、と通りの方に促されるままついていく。 「はっ、何で俺まで一緒に…」 「来てください。詳しい事情と…こいつらの情報、豊峰さんはお持ちっすよね?」 暗に、翼がこんなことになった元々の原因と、その弁明と証言を火宮の元でしろ、と言っている浜崎に、豊峰が面倒くさそうに舌打ちをした後、渋々といった感じでついてきた。 「そうだ火宮さん…」 これ、報告いくんだよね?と、恐る恐る窺った浜崎の顔は…。 諦めてください、と語っていた。

ともだちにシェアしよう!