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第277話
ざわざわと野次馬が騒めく中を、浜崎に庇われながら、なんとか通りまで出てきた。
後ろには自力でついてきた豊峰がいる。
「えーと、車は…」
キョロキョロと路上を見た浜崎につられてひょこっと覗いた通りに、キッ、キキッと数台の車が停車したのが見えた。
「え?あれ?何で3台も駆けつけて来たっすかね…」
全部うちの車だな、と呟いている浜崎の目が、ゆっくりと見開かれていく。
なんだろう?と思って車を見ていた俺は、2台目の後部座席から、カツンとブラックスーツの男の人が降りて来たのを目に入れた。
「真鍋さん…?」
その呟きが聞こえてしまったわけではなさそうだけれど、ゆっくりと巡った真鍋の目が、迷いなく一瞬で俺たちを見つけ出した。
その顎がクイッとしゃくられる。
「っ、翼さん、行くっすよ」
一体何の合図だろう。
意味がわからないまま、俺は浜崎に促され、車の側へと連れて行かれる。
ちょこんと連れて来られた車の前で、静かに佇んでいた真鍋の目が、俺の身体を上から下まで眺めてきた。
「はぁっ」と小さな溜息が落とされる。
「何…」
「浜崎」
「はい」
「翼さんはこちらで保護する」
「分かりました」
渡せ、と命じる真鍋に、俺の身柄が引き渡される。
「及川からの追加連絡と、この様子で大体分かった。池田」
「はっ」
「浜崎も連れて行け」
ふと見た後ろ2台の車からは、真鍋が声をかけた池田と、他2名の、確か蒼羽会の構成員さんが下りてきていた。
「浜崎、池田たちに、主犯格と直接手を掛けたやつを教えろ。警察より先に確保する。雑魚は後でいい」
「はいっ」
真鍋の命令に、返事をするが早いか、池田と浜崎たちが、パッと先ほどの路地へ向かって行く。
「あの…」
「警察が駆けつける前に事後処理をするだけです。ついでに警察に持っていかれる前に、主要人物はこちらで押さえさせていただきますので。あなたは何もお気になさらず。今回の乱闘自体、公にはなかったことになりますのでご安心下さい」
それはつまり、俺が絡まれた事実も、浜崎や豊峰があいつらをボコボコにしてしまった事実も揉み消してしまうということか。
「ふっ、やつらは例え加害者だとしても、警察の介入があったほうが幸せだったかもしれませんね」
キラリと光った真鍋の目は、浜崎のジャンパーの前を掻き合わせた俺の胸元と、頬についているのだろう傷に向いていた。
「後は処理班に任せて、あなたはこの場を離れますよ」
お乗りなさい、と促されるのは、先頭に止まっている車で。
それはいつも俺が送迎用に使っている見慣れた車だ。
運転席にいるのは及川だろう。
「っ、はい、あの…」
「えぇ。そちらは豊峰組の若ですね?」
チラリと後ろの豊峰を気にした俺に気づき、真鍋がスッとそちらに視線を向けた。
「若じゃない。…デス」
ムスッとそっぽを向いて、ボソッと言った豊峰に、真鍋の表情だけが微笑んだ。
「それは失礼しました。では豊峰のご子息」
「っ、なんだ、です、か?」
「できればうちの事務所までご同行頂きたいのですが」
無理強いではない。
けれど真鍋の口調には、決して逆らえないような何かがあって。
「どうせ、断る権利なんてないんだ…です、よね?」
「いいえ。お嫌でしたら、お断りいただいて結構ですよ」
ニッコリと、微笑んでいるのは顔だけで、その目は鋭く豊峰を射抜いていた。
「っ、行き、ます…」
真鍋の様子に何を感じたか、ビクリと身体を強張らせた豊峰が、壊れたロボットみたいにコクコクと頷いた。
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