280 / 719
第280話
静かな室内に、繰り返される呼吸の音だけが響く。
ジーンと痺れてきた足が、まるで2倍にも3倍にも太くなってしまったかのように感じる。
「っ…」
キーを持っていかれてしまったから、明かりのつかない室内はすっかり薄暗い。
ぼんやりとドアを見つめる目が、薄闇に慣れ始めた頃。
「ぁ…」
スゥッとドアの隙間から明かりが射し込み、続いて大きく開かれたドアの向こうに、逆光になった人影が揺れた。
「っ…」
火宮が来たのだ、と分かった身体が震える。
緊張と、少しの恐怖、それと大きな安堵で息をつこうとした瞬間、ゆらりと室内に足を踏み入れた人の影が、入り口付近の壁に向かった。
「っぁ、まぶし…」
途端にパッ、と明かりがついた室内に、目が眩んで反射的に顔を庇う。
突然の明るさに驚く目をパチパチと瞬いていたら、ふとそこに影が差した。
「っ?!」
いくらか見やすくなった視界で顔を上向ける。
そこには俺に影が落ちるほど間近まで来ていた火宮が、ダークスーツ姿で立っていた。
「あ…」
「ふっ、何をしている。なんで床にいるんだ」
しかも正座、と苦笑している火宮が、そっと俺に手を伸ばした。
「あっ…」
腕を取られて引き上げられ、嫌でも立ち上がることになる。
「ひっ…待って。待って下さ…」
痺れて、立てないってば…。
ふにゃん、と膝が挫けてしまった俺を、火宮が咄嗟に支えてくれた。
その身体が小刻みに震えている。
「ククッ…おまえは」
「だ、って…」
「ほら」
ボワッと腫れ上がったような感覚の足を、とても床に立たせることは出来ずに困っている俺を、火宮がふわりと抱き上げた。
「っ…」
「反省のつもりだろうが、手間を増やして」
クックッと笑っている火宮が、そのまま優しくベッドに俺の身体を下ろしてくれた。
「んっ…」
じわ、と足に血流が戻る感覚がある。
チリチリとくすぐったい痺れを感じ、それが徐々にピリピリ、ジンジンと耐え難い刺激に変わっていく。
「くぅっ…ひぁっ!」
ちょっ、バカ火宮!
痺れ始めた足を、ツン、と突いた指が憎らしい。
ビリビリッと足全体に広がった痺れに、思わず身体が仰け反った。
「ククッ、こっちは」
「ばっ…やめっ、あぁっ!ひぃぁっ!」
くぅぅっ、たまらない。
庇おうにも、足をちょっとでも動かせば、ビリッと電気を流されたような刺激が派手に広がるし、だからと触られ放題でも、結果は同じ。
「あっ、あんっ、やめっ、待っ…あぁぁぁ」
ビリッ、ビリッと足を襲う刺激に悶えながら、俺は目に涙をいっぱい溜めて、火宮を睨みつけた。
「ククッ、自業自得、だよな、翼」
ぎゅっ、とふくらはぎを握った火宮が、妖しく頬を持ち上げた。
きゅっ、と足の指先をまるめ、いっそ自ら痺れにいって、早くこの刺激が尽きることを乞い願う。
「自分で判断して、自分で行動して、その結果起こったことだ」
モミモミと足を揉みほぐしてくれながら、火宮がニヤリと口の端を吊り上げた。
「なぁ翼?」
「っ…」
それは、この足の痺れの話…?
いや、俺が、豊峰を反射的に追って、その結果、襲われた。そのことも言っている。
「なぁ翼」
「っ、ごめっ、なさ…」
ギュッと噛み締めた奥歯が、ギリッと音を立てた。
「ごめんなさいっ…」
ポロ、と溢れてしまった涙が、スゥッと頬を伝って、パタリとベッドの上に落ちた。
「ふっ、怖かっただろう?」
「え…」
そっと目尻の涙を指で掬ってくれた火宮の声は、驚くほどに優しかった。
な、んで…?
「だって怒って…」
怒っているんだよね?
会長室で、あんなにピリピリとした空気を纏っていたのに。
恐る恐る見上げた火宮の顔は、いつもの意地悪な笑みを浮かべていた。
「あぁ怒っている」
「っ、俺…」
「俺の翼にこんな傷をつけて、俺の翼にこんなことをして、俺の翼を怖がらせた」
スッ、スッ、と、火宮の指先が、俺の頬に触れ、安全ピンを止めたシャツに触れ、最後にトンッ、と俺の心臓を突いた。
「火宮さん?」
「怒っている。やつらに。殺しても飽き足りないほどな」
「っ!」
一瞬だけ、ぶわっと立ち上った黒いオーラに、ひゅっと飲んだ息が絡まった。
「ククッ、安心しろ。殺していない」
「っ…」
「まぁ死ぬより辛い目に遭わせたがな」
クックッ、と喉を鳴らす火宮の手を、俺は反射的に取っていた。
「ごめんなさい…」
また汚させた。
この優しい強さを持つ人を、この愛おしい人の手を。
「ごめんなさい」
俺のせいで。俺の浅はかな行動のせいで。
あなたの心をまた闇に堕としてしまうところだった。
ヒシヒシと押し寄せる後悔と反省が、全身を包んで、それが溢れて、俺は火宮の手にチュッと口づけを落としていた。
「ククッ、翼」
「はい」
「おまえはおまえを、誰よりも守らなければいけない」
「っ、火宮さん…」
「俺のためにな」
ニヤリ、と笑った火宮に、俺はコックリと頷いた。
「さぁ翼、反省の時間だ」
「っ、は、い…」
ギクリ、と強張った身体は、火宮の艶やかな笑みに気圧されたもの。
「後先考えずに突っ走った結果、どうなった?まずはやつらに何をされたか、じっくり身体に聞いてやる」
「っ…」
「仕置きだ、翼。ベッドに横になれ」
トンッ、と突かれた胸によろめき、俺の身体はそのままポスンッと後ろに倒れた。
ともだちにシェアしよう!