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第280話

静かな室内に、繰り返される呼吸の音だけが響く。 ジーンと痺れてきた足が、まるで2倍にも3倍にも太くなってしまったかのように感じる。 「っ…」 キーを持っていかれてしまったから、明かりのつかない室内はすっかり薄暗い。 ぼんやりとドアを見つめる目が、薄闇に慣れ始めた頃。 「ぁ…」 スゥッとドアの隙間から明かりが射し込み、続いて大きく開かれたドアの向こうに、逆光になった人影が揺れた。 「っ…」 火宮が来たのだ、と分かった身体が震える。 緊張と、少しの恐怖、それと大きな安堵で息をつこうとした瞬間、ゆらりと室内に足を踏み入れた人の影が、入り口付近の壁に向かった。 「っぁ、まぶし…」 途端にパッ、と明かりがついた室内に、目が眩んで反射的に顔を庇う。 突然の明るさに驚く目をパチパチと瞬いていたら、ふとそこに影が差した。 「っ?!」 いくらか見やすくなった視界で顔を上向ける。 そこには俺に影が落ちるほど間近まで来ていた火宮が、ダークスーツ姿で立っていた。 「あ…」 「ふっ、何をしている。なんで床にいるんだ」 しかも正座、と苦笑している火宮が、そっと俺に手を伸ばした。 「あっ…」 腕を取られて引き上げられ、嫌でも立ち上がることになる。 「ひっ…待って。待って下さ…」 痺れて、立てないってば…。 ふにゃん、と膝が挫けてしまった俺を、火宮が咄嗟に支えてくれた。 その身体が小刻みに震えている。 「ククッ…おまえは」 「だ、って…」 「ほら」 ボワッと腫れ上がったような感覚の足を、とても床に立たせることは出来ずに困っている俺を、火宮がふわりと抱き上げた。 「っ…」 「反省のつもりだろうが、手間を増やして」 クックッと笑っている火宮が、そのまま優しくベッドに俺の身体を下ろしてくれた。 「んっ…」 じわ、と足に血流が戻る感覚がある。 チリチリとくすぐったい痺れを感じ、それが徐々にピリピリ、ジンジンと耐え難い刺激に変わっていく。 「くぅっ…ひぁっ!」 ちょっ、バカ火宮! 痺れ始めた足を、ツン、と突いた指が憎らしい。 ビリビリッと足全体に広がった痺れに、思わず身体が仰け反った。 「ククッ、こっちは」 「ばっ…やめっ、あぁっ!ひぃぁっ!」 くぅぅっ、たまらない。 庇おうにも、足をちょっとでも動かせば、ビリッと電気を流されたような刺激が派手に広がるし、だからと触られ放題でも、結果は同じ。 「あっ、あんっ、やめっ、待っ…あぁぁぁ」 ビリッ、ビリッと足を襲う刺激に悶えながら、俺は目に涙をいっぱい溜めて、火宮を睨みつけた。 「ククッ、自業自得、だよな、翼」 ぎゅっ、とふくらはぎを握った火宮が、妖しく頬を持ち上げた。 きゅっ、と足の指先をまるめ、いっそ自ら痺れにいって、早くこの刺激が尽きることを乞い願う。 「自分で判断して、自分で行動して、その結果起こったことだ」 モミモミと足を揉みほぐしてくれながら、火宮がニヤリと口の端を吊り上げた。 「なぁ翼?」 「っ…」 それは、この足の痺れの話…? いや、俺が、豊峰を反射的に追って、その結果、襲われた。そのことも言っている。 「なぁ翼」 「っ、ごめっ、なさ…」 ギュッと噛み締めた奥歯が、ギリッと音を立てた。 「ごめんなさいっ…」 ポロ、と溢れてしまった涙が、スゥッと頬を伝って、パタリとベッドの上に落ちた。 「ふっ、怖かっただろう?」 「え…」 そっと目尻の涙を指で掬ってくれた火宮の声は、驚くほどに優しかった。 な、んで…? 「だって怒って…」 怒っているんだよね? 会長室で、あんなにピリピリとした空気を纏っていたのに。 恐る恐る見上げた火宮の顔は、いつもの意地悪な笑みを浮かべていた。 「あぁ怒っている」 「っ、俺…」 「俺の翼にこんな傷をつけて、俺の翼にこんなことをして、俺の翼を怖がらせた」 スッ、スッ、と、火宮の指先が、俺の頬に触れ、安全ピンを止めたシャツに触れ、最後にトンッ、と俺の心臓を突いた。 「火宮さん?」 「怒っている。やつらに。殺しても飽き足りないほどな」 「っ!」 一瞬だけ、ぶわっと立ち上った黒いオーラに、ひゅっと飲んだ息が絡まった。 「ククッ、安心しろ。殺していない」 「っ…」 「まぁ死ぬより辛い目に遭わせたがな」 クックッ、と喉を鳴らす火宮の手を、俺は反射的に取っていた。 「ごめんなさい…」 また汚させた。 この優しい強さを持つ人を、この愛おしい人の手を。 「ごめんなさい」 俺のせいで。俺の浅はかな行動のせいで。 あなたの心をまた闇に堕としてしまうところだった。 ヒシヒシと押し寄せる後悔と反省が、全身を包んで、それが溢れて、俺は火宮の手にチュッと口づけを落としていた。 「ククッ、翼」 「はい」 「おまえはおまえを、誰よりも守らなければいけない」 「っ、火宮さん…」 「俺のためにな」 ニヤリ、と笑った火宮に、俺はコックリと頷いた。 「さぁ翼、反省の時間だ」 「っ、は、い…」 ギクリ、と強張った身体は、火宮の艶やかな笑みに気圧されたもの。 「後先考えずに突っ走った結果、どうなった?まずはやつらに何をされたか、じっくり身体に聞いてやる」 「っ…」 「仕置きだ、翼。ベッドに横になれ」 トンッ、と突かれた胸によろめき、俺の身体はそのままポスンッと後ろに倒れた。

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