288 / 719

第288話

「嘘だろ?」とか、「見えない…」とか。信じられないのか、信じたくないのか。 ヒソヒソと交わされる声は、俺の耳にも届いてきていた。 「はぁっ。黙っていてごめんね。でも俺にも俺の事情があってさ。ただ俺は…」 みんなを欺くつもりではなくて。そう、思っていたのに。 「火宮くん、俺たちを騙していたのか…?」 ポツリと落ちたクラスメイトの声が、波紋のようにジワジワとクラス中に広がっていった。 「っ…」 騙す、か…。 ハッ、と漏れてしまったのは、自嘲的な笑いで。 ビクッと目の前のクラスメイトが怯んだのは、空気で分かった。 「ごめんね」 謝ったのは、『騙した』ことに対してじゃないよ。 「ごめんね、何をもって、俺がみんなを騙したのか、分からない。分からなくてごめんね」 「っ…」 ヒュッ、と息を飲んだ、何人もの空気を感じた。 「俺がヤクザの関係者の火宮翼です、って自己紹介しなかったから?」 「っ…」 「それともヤクザの関係者なのに、みんなと仲良くしようとしたこと?親睦会に出席したこと?」 「っ、それは…」 「それが騙したことになる、って言われるなら、どうしようもないけどさ。だけど、1つだけ言わせて欲しい」 「火宮くん?」と跳ね上がる呼び声が、あちこちからいくつも聞こえた。 だから俺は、堂々と顔を上げる。 俺に集まる視線の真ん中で、自分に恥じることは1つもないと、はっきり口にする。 「俺はみんなに、何1つ嘘はついてない」 ピリッ、と、教室内の空気が、一瞬にして張り詰めたのが分かった。 「俺は俺自身を、1つも偽ってなんかいないから」 そう、本当にただ素で、みんなと接したよ。 俺は俺の本心で、みんなと仲良くなれたらいいと思った。 親睦会でみんなが可愛いと言ってくれた。そう評された笑顔も言葉も、俺は何1つ偽っていない。 それが俺だよ? 俺自身だよ。 「………」 誰もが息を飲んで固まり、誰も口を開けない。 身動きも、呼吸もままならない、ピーンと張り詰めてしまった空気が場を満たし、誰もその空気を壊すことが出来ずに、恐ろしいほどの緊張状態が続く…。 と、思われた、その瞬間。 「ハッ、庇わなくていいよ」 ダンッ、と、徐に机を両手で叩き、立ち上がった豊峰の声が響いた。 ドッと空気が崩れる。 「っ、豊峰、くん…?」 何を、言い出す、つもりなの…? ふらりと向かった視線の先で、豊峰がニヤッととても悪い顔をして頬を持ち上げたのが見えた。 「俺のことを庇って、自分に注目集めようとしてんの?マジ、余計なお世話」 「っ、豊峰くんっ!」 「あんたがヤクザの関係者?冗談キツいねー。そんなチビで、弱そうで、可愛いツラしたヤクザが、この世界のどこにいるっつーんだよ?」 ケッケッ、と笑う豊峰は、あまりにニヒルに笑っていて。 「本職から言わせりゃ、ちゃんちゃらおかしいわ。あんたらも、マジでこいつがヤクザ絡みの人間だと思うわけ?俺はそれこそ信じねぇわ」 「豊峰くんっ…」 何を、何を言っているんだ、豊峰は。 慌てて呼んだ声は、豊峰の鋭い視線に制された。 「っ…」 「あんたもさぁ、調子に乗って、自分はヤクザの関係者ですー、なんて軽々しく言わない方がいいぜ?何せヤクザっつーのはな、体面気にして、勝手に代紋借りてでかい顔する奴を許さねぇからな」 「何言って…。俺は本当にヤクザの…」 それこそ豊峰が1番良く知っているくせに。 「はいはい。そんじゃまぁ、証拠に上級生の不良グループ、1人で壊滅させてでも見せるか?」 「なっ…そんなこと」 「ハッ、できねぇだろ」 「できないって言うか、何の理由もなくそんなこと…」 自分の力を誇示するためだけみたいなのは…。 「ふっ、ハッ、お優しい。この甘ちゃんがヤクザ関係者ねぇ?あんたら、どう思うよ」 クラスメイトを見回して、ふははっ、と悪役みたいに笑う豊峰の心が、俺の中をグラグラと揺さぶった。 『庇ってくれてるのはどっちだよ…』 ポソッと落ちてしまった声は、誰にも届かなかった。 「っ、俺はっ、俺は本当にヤクザの関係者だよ!」 「………」 シーンと再び、教室内の空気が固まる。 「それを信じる信じないは好きにしたらいいけど…。信じない理由は何?それって俺がヤクザらしくないから?だとしたら、ヤクザらしいって何なの」 みんなが見ているものは何。 「俺は、俺の見たものを、感じたことを信じるよ。だから俺はみんなと、ただみんな自身を知って、仲良くなれたらと思ってた」 スッと一歩引いた足が、教室の出口に向かって一歩進む。 「俺は、火宮翼。16歳、B型のふたご座。誕生日は6月11日。両親はすでに他界。そして、関東最大指定暴力団、七重組直系蒼羽会、会長の、パートナー」 どれもこれも、俺にくっついた、俺の情報。 俺への評価は、それだけで決まる? にこりと笑って言い放ち、固まるみんなの視線を振り切り、俺は踵を返してそのまま教室を飛び出した。 お気に入りイイネ 前へ次へ

ともだちにシェアしよう!