「なーんだ、藍。結局自分も来ちゃったんじゃん」 クスッ、と笑った紫藤から、ツンと顔を背けた豊峰が、不貞腐れた態度でプラプラと屋上に出てきた。 「別に」 「クスクス、やっぱり心配でいられなかった？」 「………」 ツンとそっぽを向いたまま、俺と紫藤から離れた位置に歩いて行った豊峰が、ピタリと立ち止まる。 「藍？」 「ふんっ。俺はただっ、そいつが…。そいつが必死んなって、あいつらに思いを伝えようとしてんのを、馬鹿にしてやりにきただけで…」 「豊峰くん…」 ポツリと落ちた呟きに、豊峰がキッと振り返って、ギュッと拳を握り締めた。 「あんなことしても無駄なんだよっ。あんなこと言ったって、人はみんな、ヤクザんち人間だ、って知れただけで、周りからあっさり離れていく！」 「でも…」 「痛てぇんだよ。あんたを見てると、痛々しくて気分が悪りぃ。どうせ無駄なのに。どうせ傷つけられて終わるのにっ。馬鹿みたいに誠意を尽くして…」 ギュッと握られた豊峰の手が、フルフルと小刻みに震えていた。 「だからっ、だから俺は…」 ビュンッ、と振り上がった豊峰の拳が、屋上の出入り口がある壁を殴りつけた。 「っ！」 痛いのはどっち…。 ガツッと嫌な音がして、思わず顔をしかめてしまう。 「俺は…」 「うん。だから豊峰くんは、俺を庇おうとしてくれたんだよね」 そっと近づいた俺を、豊峰は避けなかった。 「だから豊峰くんは、自分からみんなの側には近づかないんだね。みんなの中には入っていかないんだ」 壁を殴りつけた手にそっと手を伸ばして、少し赤くなってしまったそれを、俺は優しく包み込んだ。 「痛かったね」 これまで見てきた豊峰の言動が、なんだかストンと綺麗に落ちた。 「あんたはっ…」 小さく震えた豊峰の手は、とても冷たく。だけど俺が包み込んだ手は、振り払われることはなくて、安心する。 豊峰はきっと、それまでたくさんの傷を受け、そして諦めと、最後には絶望をくぐり抜けてきたんだろう。 「違う人もいる」 「なにを…」 「少なくとも俺は、『豊峰くん』と『ヤクザの息子』を同じ意味なんかに捉えない。だって、豊峰くんは、豊峰くんでしょ」 「っ、そんなの…」 小さく震えた豊峰の手に力が入って、ぎゅっと噛み締められる唇が見えた。 「俺が同じ側に立っているからだ、って言う？なら、紫藤くんは？」 「っ…」 「紫藤くんだって、豊峰くんを豊峰藍、一個人として見てくれているんじゃない？俺のことだって、知ってもこうしてなにも変わらない態度で接してくれてる」 だからきっと、探せばまだ他にだっている。 周りの空気に流されているだけで、本当はちゃんと分かってくれている人。 それにきっと、本気でぶつかっていけば、伝わらないことはないと思う。 みんなはきっと分かってくれるって、信じたい。 「和泉は別だよ…」 ふっ、と息を吐き出して、とうとう俺の手の中から拳を引き抜いてしまった豊峰が、薄く笑いを浮かべてストンと地面に座り込んだ。 「和泉は、例外だから…」 ダランと両足を投げ出して座った豊峰が、壁に寄りかかって、つまらなそうに紫藤を見上げて笑った。