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第291話

「クスクス。例外、ね…」 「なんだよ」 「特別、とか言ってくれないものかなー、とか」 薄く目を細めて笑う紫藤の表情は、妖艶なものにも、悪戯っ子のようにも見えて。 「ハッ、まぁ特別っちゃ、特別だよな。何せ俺たちとは対極の…」 俺、たち。 豊峰が敢えて複数形にまとめたのは、豊峰と、俺…? 「それって…」 「警察官。紫藤の父親が。それも、かなり上の地位にいる、な」 「あ…そういえば親睦会で…」 紫藤の父親の職業に関して話が及んでいたっけ。 「警視総監って…」 「クスクス、警視総監は言い過ぎだよ。そこまで偉くない」 「でも並みの警察官じゃないだろ」 「まぁね」 サラッと交わされる2人の会話から、ふと思い出される親睦会での話があった。 「紫藤くんも…」 「ふっ、ある意味俺らより、その背負った肩書きで苦労して、疎ましい思いをしてきたのは、和泉の方だろうな」 小さく笑い声を上げた豊峰の目は、あまりに切ない色をしていた。 「クスクス、火宮くんも聞いた?クラスのみんなは僕をなんて?」 「っ、それは…」 紫藤も、俺らとは住む世界が違いますみたいな奴。 こっちとは一線を引いている。 付き合いづらい。 はっきりと覚えている。 けれどそれを本人に言うにはあまりに難しい言葉ばかりで。 「クスッ、その顔で分かった。まぁ、そんな感じだよね」 「え!」 顔って…。 俺はそんなに表情に出ているのか。 「本当、警察のお偉いさんの息子だからって、僕は優等生でいるのが当たり前で、勉強もできて、正義感があって、色々な役職につくのが当然で…」 そうして価値観を押し付けられて、作り上げられたのが、この優等生、クラス委員長、生徒会役員の紫藤和泉だというのか。 「っ…」 「彼らの中に、『僕』はいない」 ピンと張り詰めたような紫藤の言葉が鼓膜に刺さり、ゴクリと喉が鳴った。 「彼らの中にいるのは、『警察の重役の息子』そして、『豊峰組組長の一人息子』」 「っ…」 そこには『紫藤和泉』という1個人も、『豊峰藍』という人間もいないというのか…。 「そして火宮翼くん、きみも。『ヤクザの頭のパートナー』だっけ?そういう名前になるのは、すぐだよ」 クスクスと笑う紫藤の声が、耳にガンガンと響いた。 「っ…」 「ふふ、ショック?」 「だからあんな真似っ、しなければよかったのにっ…」 楽しそうに笑う紫藤と、苦しそうに顔を歪める豊峰がいる。 対極に見える2人だけれど、2人の思いはきっと同じに俺には思えて…。 「うん、ショック」 「っ、だから…」 「クラスメイトをこんなに傷だらけにしておいて、気付きもしないで、また同じことを繰り返そうとしているクラスメイトがいることが、ショック」 「は…?」 「火宮くん?」 ポカンと口を開いた豊峰の顔が間抜け面だ。 さすがに顔をしかめた紫藤に、やっと人間らしさを見た気がする。 「だってここにいるのは豊峰くんだし、紫藤くんなんだっ」 「っ…」 「ツンツンしていて、誤解しがちだけど本当は優しくて。大事な何かを守るためにしか暴力を振るわない。本当はとっても真面目な高校生だよね」 「あんたっ…」 「紫藤くんだって、当たり障りなく笑っているけど、実は結構腹黒い。でもちゃんと面倒見が良くって、きっと色々なことに本気で取り組んでいる。誰より努力している頑張り屋さん」 「っ、火宮くん…」 「見てたから。たった数日だって、俺はちゃんと見てたから」 そう、俺の目には、ちゃんと見えているよ。 ヤクザの組長の息子? ううん、違う。 豊峰藍は、豊峰藍。 警察重役の息子? それが何。 紫藤和泉は、紫藤和泉。 「っ…僕たちは、いつの間に諦めていたんだろう…」 「っ、クソがっ。綺麗事ばっかり、抜かしてんじゃねぇよっ…」 しんみりと湿った紫藤の声がふわりと途切れた。 豊峰の声に至っては、もう完全に濡れて震えているし。 だから。 「改めて。豊峰くん、紫藤くん」 スッと差し出した両手の、片方を豊峰に。もう片方は紫藤に。 「俺と友達にならない?」 ヒュッ、と息を飲んだ2つの口が見えて、震える2本の腕が差し出された。 「喜んで」 ぎゅっと握られたのは、紫藤に差し出した右手の方で。 「っ…いまさらだろっ」 パンッ、と弾かれた手のひらの衝撃は、豊峰に差し出した左手からで。 「素直じゃないなぁ、本当。それがまた豊峰くんだよね」 少しだけヒリッとした手をプラプラと振りながら、「すでに友達だろ」と伝わる思いが嬉しくてニヤける。 「何かあったら、俺が助ける」 「豊峰くん…」 「うん。火宮くんの、クラスメイト仲良し計画、僕も協力するよ」 「紫藤くん…」 つっけんどんにそっぽを向いて言われる言葉と、にこりと微笑んで向けられる力強い言葉が沁みる。 「きみが進むなら、僕らは変わる」 「あぁ。あいつらの前に俺らが」 「「まず変わらなきゃね(な)」」 息ぴったり。 思わずこぼれてしまった笑みを、2人が目を丸くして見つめてきた。

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