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第292話

「本当、仲良いんだね」 「は?」 「いや、豊峰くんと紫藤くん」 息ぴったりだし、アイコンタクトで分かり合ってたし。 「どこがっ」 「まぁねー、かれこれ十数年来の付き合いだしね」 つまりは物心ついた頃からつるんでいるのか。 「家が近所だっただけじゃねぇか」 「えー?2人で、あんなことやこんなことをした仲でしょ」 「意味深な言い方すんなっ。なんだよ、あんなことやこんなことって…」 アホ、と白い目を向ける豊峰を、紫藤は楽しそうに見下ろす。 「まぁ基本的には、ロミオとジュリエットごっこか」 「はぁっ?ちげぇし…」 キモい、と吐き捨てる豊峰だけど。 「そういえば、家が正反対の稼業…」 「まぁね。お隣さん家には行っちゃいけません。隣の藍くんとは遊んじゃいけません!まーったく、うるさいったらないよね」 「それを、反対されると余計に燃えるとか言って、わざわざ親たちの目を盗んで、こっそりと会ってたのは誰だよ」 だからロミオとジュリエットごっこなのか…。 紫藤も意外とお茶目だな。 「そっちこそ。隣の旦那はサツだ。坊ちゃん、絡むんじゃねぇぞ、だっけ?守役が口煩そうだったよね」 「ふんっ。俺の勝手だろ。口出すあいつが間違ってんだっつの」 「何だかんだ言って、藍も僕と会いたかったんだもんね」 クスクス笑う紫藤に、豊峰の顔が不機嫌そうに歪んでいく。 けれど否定の言葉を漏らさないと言うことは、紫藤の言葉が当たっているということで。 「偏見の中にいて、偏見の塊を押し付けられて…。それでも2人は、互いのことをきちんと真っ直ぐ見ていたんだね」 2人にはきっと、家のしがらみなんかない、2人の友情がちゃんと成立していたんだ。正反対でいて、けれども非常に近い場所にいた2人の、強い絆。 「藍は僕の…」 「和泉は俺の…」 「鏡で、敵で、味方で、同士で…」 分かる。2人が海面下で互いをとても信頼していること。 「親友?」 「ハッ、腐れ縁だろ」 素直じゃない豊峰と、本音を上手く隠せてしまう紫藤だけれど、そこにある確固たる繋がりは見える。 「あの頃は僕たちも、まだ偏見に勝っていけると思っていたんだけどね」 「そうだな…。いつの間にか負けてたんだな…」 きっと先に折れてしまったのは豊峰だ。そしてそれをどうにも出来ずに今に至っている紫藤の思いが、俺にはなんとなくだけど分かった。 「取り返そう!」 「そうだね」 「そうだな」 まずは小さな小さな社会の中から。 俺たちが出会ったのは何かの縁だから。 手始めに、あの偏見と差別に満ちたクラスの空気を、俺が切り開いていってやる。 「あ、1時間目、終わったね」 「んだな…って、翼?おまえ、何青い顔してるんだよ」 いつの間にか呼び捨て? って、俺はそれどころじゃなくって。 「いや、まぁ、その、ね?」 「あぁ?」 「しっかり1時間サボっちゃったな、と思ってね」 「別に平気だろ。1時間くらい」 まぁ、学校的には、軽い注意で済むだろうけど…。 「豊峰くんも知ってるじゃん…」 「藍」 「え?」 「だから、藍。俺、嫌いなんだよ、苗字」 あ、あぁ。下の名前で呼べって話? まったく言動が不親切だな。 「俺も翼って呼ぶし。火宮って呼ぶと、どうもあのおっかない会長さんが浮かぶし」 昨日でだいぶうちに懲りてしまったようで。 「分かった。じゃぁ藍くん。藍くんも知ってると思うけど…真鍋さんっていう鬼」 「あぁ、あの幹部さん?何?もしかしてアレがお目付役なのか?」 「っていうか、小言の鬼っていうか、俺の素行にうるさい?みたいな」 こと火宮の体裁に関わることだと余計に。 「うわ。……って、バレなきゃよくね?」 なぁ?と紫藤と頷き合っている豊峰は、この程度で保護者連絡はねぇよ、なんてやけに詳しいようで。 「そうできるのが一番だけどね…」 何故かあの人たちに隠し事が通用した試しがないんだよね。 「まぁ翼、全部顔に出るもんな」 「えっ?そんなに分かりやすい?俺」 「まぁねぇ。本当、思ってる事みーんな顔に書いてあるよね」 クスクス笑う紫藤まで…。 「それって俺、もう帰ったら死ぬってことじゃん。死刑宣告じゃん」 うわー、と頭を抱えた俺を見る2人には、いまいちことの深刻さが伝わっていない。 「んな大袈裟な」 「だって真鍋さんのどSっぷり、知ってるでしょ?」 「そういえば気になってたんだけど、何、藍。火宮くんちに行ったわけ?」 いつの間に、と微かな嫉妬に揺れた目が俺を見る。 「いや、翼んちっていうか、そちらさんの事務所に…」 「ふぅん」 いやいやいや、そんな「ずるい」みたいな目で見られても…。 「っ!2時間目!教室戻らなきゃ!さすがに次もサボったら本当に俺、今夜寝られない!」 何を口走っているのかヤバイ気もするけど、それより鳴り響いたチャイムの音がやばい。 「藍は?」 「だりぃけど戻るわ。こいつ1人で行かせられねぇだろ?」 「そうだね。僕も戻ろ」 「おまえ、なっがいトイレだと思われてんぞ」 「それ、藍のせいだよね」 「は?俺知らねぇし。うんこまん」 「小学生?まったく…」 ワタワタと校舎内に戻る俺の後ろで、何やら低次元の言い争いが聞こえてくるんだけど。 「それ、素?」 振り返って見た2人が、ニヤッ、ニコッと笑っている。 「ふふ、最高、それ」 ほら、こんなに普通で、こんなに取っつきやすい2人じゃないか。 まったくみんな、損しているよ。 思わずにんまりと笑ってしまいながら、これは是非ともみんなに知ってもらいたい、と、俺は1人、ぐっと気合いを入れ直した。

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