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第293話
慌ててバタバタと戻った教室には、すでに次の教科の先生がいて、クラスメイトたちもしっかりと席についていた。
「遅れてすみませんっ」
ガバッと頭を下げて飛び込んだ教室で、みんなの注目を一気に集めてしまう。
「すんませーん」
「遅れました」
続いてやって来た豊峰と紫藤の姿を見て、ざわめきとギョッとした顔が広がる。
「なんだね?編入生…と、そっちは不良と優等生か。揃って遅刻…」
「っ…」
ジロリと向いた教師の視線と言葉に、ゆらりと黒い塊が腹の中から湧く。
「おい翼…」
「火宮く…」
2人が止める間もあればこそ。
俺はカッとなった勢いのまま、教師の真ん前まで歩いて行って、バァンッ、と黒板をぶっ叩いていた。
「火宮と!豊峰と紫藤です」
痛ったぁ…。
ジン、となった手のひらの痛みを堪えつつ、ギッと教師を睨みつける。
教室の空気がシーンと静まり返る。
「先生」
「ふ、ふんっ。遅れてきて、その態度はなんだね。3人とも後ろに立っとれ」
訂正してくれる気はないんだね…。
いいですよ、別に。
「……分かりました」
スッと逸らされた教師の視線には、諦めが浮かぶ。
ムッとしながらも、俺はスタスタと教室の後ろに向かった。
はぁっ、と溜息をつきながら、豊峰と紫藤もついてきたのが分かった。
『巻き添えごめん…』
食ってかかるのを我慢していたら、多分立たされるようなことにはならなかった気がする。
横に並んだ2人にコソッと呟いたら、2人はニッ、ニコッと笑ってくれた。
『間違ってねぇよ』
『ま、火宮くんらしいってことで』
「っ…」
あぁこの2人は、本当に変わってくれる気だ。
嬉しくて頬を緩めてしまいながら、俺はスッと教室内を見回した。
チラチラと、こちらを窺う視線がいくつか見える。
「っ…」
そうだよ、気づいて…。
あの先生の言動はおかしい。
そのことに気づいて…。
違和感を持って…。
ぎゅっ、と拳を握り締め、祈るように思う。
『翼…』
『火宮くん…』
2人には届いた。
『声を上げろとは言わないから…』
ただ素のままの俺を、個人を、見て欲しいだけ。
肩書きも含めて、けれども肩書きだけではなく、全てを知って公平に判断して欲しいだけなんだ。
「俺は確かに『普通』とは違う高校生だよ。だけど、学校ではただ普通に、みんなとワイワイしたいだけの、『普通』の高校生なんだ…」
「火宮。ブツブツとなんだ。この12ページから、音読しなさい」
「っ!」
思わず漏れた独り言を注意されてしまった…ことよりも、今、火宮って。
呼ばれた名の方に意識が奪われる。
「火宮?」
「は、はいっ」
そうだよ、俺、火宮。
火宮翼。
「編入生」って名でもなく、「ヤクザの関係者」って名前でもない。
編入生で、ヤクザの恋人で、ちょっと小柄で、可愛いと言われちゃう系の顔で、得意科目は数学で、苦手なのは歴史と英語で、偏食で、藍くんと紫藤くんと友達の、火宮翼。
思わず、にまぁっ、と笑ってしまいながら、教科書を取るために席に向かった俺を見て、先生が「注意されているのに何をにやにやしているんだ…」と呟いているのが聞こえてきた。
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