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第304話
「クッ、それでハズレくじを引いたのか」
コトン、と湯飲みをテーブルに置いた火宮が、薄く目を細めて笑った。
今日は放課後、担任に言われた通り、実行委員会に出席してきた。
もちろん迎えに連絡は忘れていないし、委員会自体は今日は顔合わせで終わって、特になんの問題もなかった。
久しぶりに早く帰れるという火宮のために夕食を作り、一緒に食べながら、今、そんな話をしていたところだ。
「そうなんですよ。本当、変なところで逆に運を使ってて…」
「クックッ、さすが翼だ。持ってるな」
「嬉しくないですよ」
これが宝くじにでも当たったんなら大喜びだけど、雑用係じゃぁな。
「まぁ適当に頑張れ」
「はい。やるからにはしっかりやりますけど」
「ククッ、真面目だな」
「いい経験だと思うことにします」
いつまでも決まってしまったことに文句を言っていても仕方ないし。だったら前向きに考える方がいい。
「ふっ、おまえらしい」
「そうですか?」
「あぁ。それで、おまえは何の種目に出るんだ?」
う。それを聞いちゃう?
これまたあの後、種目決めで一悶着あったってことを、火宮にはあまり言いたくない。
「ん?どうした」
「えーと?」
思わず泳ぐ目を、火宮がニヤリと不敵に見返してきた。
「その顔は、希望した楽そうな種目に候補者が殺到して、争奪戦に負けたか」
「なっ…」
「ジャンケンあたりか?」
なんで分かるの?
この人、超能力者?
「ククッ、おまえのことならなんでも分かる」
愛だな、と、馬鹿なことをほざいている火宮はスルーするとして。
「はぁっ、その通りなんですけど。ジャンケンに負けて、残っていたのは借り物競争とコスプレ競争で…」
「ほぉ?」
「ギリギリ、借り物競争になりましたけど…。それも結構エグいらしいって話ですからねー」
かなり気が乗らない。
「ククッ、なんでコスプレの方にしなかったんだ?」
「えー、だって借り物以上にエグいって聞きましたよ。ナース服とかチャイナ服とかのお題ならまだマシで…下手なの引くと、バニーガールとか水着とかあるらしいって…」
しかも男子は女装モノ、女子は男装モノというルールだからたちが悪い。
「ふぅん」
「まぁ借り物もかなりの難題が含まれているらしいですけど、まだマシかな、って」
全員参加種目以外に必ず1つ、何かに出ないとならないのだから仕方がない。
「ククッ、どちらにしてもイロモノか。ところで、体育祭は、関係者の参観はありだよな?」
「え!まさか見にくる気ですか?」
「日時はいつだ?真鍋に言ってスケジュールを…」
「いや、来なくていいですよ。忙しいでしょう?」
なんか火宮が学校行事を見に来るというのは、なんとなく照れ臭い。
「ふっ、恋人の勇姿を見たいという男に対して、随分とつれないな」
「勇姿って…そんな活躍しませんよ」
それほど運動を得意とするわけでもないし。
「ククッ、別に活躍しなくとも、俺はおまえが楽しく一生懸命やっている姿を見れればそれで…」
「っ…」
な、なんなの、この人。
そういうの、ずるい。
「クッ、どうした、顔を赤くして」
「べ、別に」
そんな些細なことで幸せを感じてくれちゃうとか、本当にズルすぎる。
だけどそれを聞いて、途端に張り切る気になっている俺もなんなんだろう。
「翼?」
「っ、別に、楽しみなんかじゃ…」
あ。
口滑った!
やばい、と思ったときにはもう、恐る恐る見た火宮の目が、愉しそうに弧を描いていて。
「ククッ、本当におまえは」
飽きない、という言葉は、スルリと伸びて来た火宮の手に引き寄せられて重なった、唇の中に消えていく。
代わりにクチュッ、チュクッと、唾液が混じり合う口づけの音が、遠慮もなく響き渡った。
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