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第305話

それから週が明けて、いよいよ勉強にも本腰が入り始めた頃。 「はぁっ。体育祭のことも考えないとならないけど、でもよくよく考えたらその前に中間テストがあるよね…」 真鍋が持たせてくれた、和牛重弁当をつつきながら、俺は盛大な溜息を漏らしていた。 「そんなん、翼は余裕だろ。赤点やべぇのは俺。ってか、翼の弁当すごくね?」 売店のパンをパクつきながら、豊峰がジロジロと俺の手元を覗き込む。 「あっ、これ?本当、こんな豪華なのじゃなくていいって言ってるのに、真鍋さんがね…」 「あのクールな幹部様か。確かにちょっと庶民感覚からはズレてる感じがしたもんなー」 本当は自分でお弁当を作ってきたい、と思ってはいるものの、どこかの誰かさんのせいで、まぁ朝早起きするのが辛いこと、辛いこと。 基本、寝坊ギリギリの起床時間になってしまう俺に、弁当を作る余裕などはなく、ならば浜崎あたりに作ってもらえば、と発した言葉は、火宮の嫉妬によって全力却下されて今に至っている。 「浜崎の手製弁当が食べたいだと?ってさ、言ってないのに…」 どう曲解したらそうなってしまうのか。 あやうくお仕置きされかけたことまで思い出し、苦い顔をしてしまう。 「あ?あの会長さん?本っ当、翼を溺愛してます、って感じだったもんな」 「は?溺愛っ…て、藍くんっ?!」 この昼休みの教室内、つるんで昼食をとっている俺と豊峰には、まだまだかなりの窺うような視線と注目が集まっているというのに。 何をこっ恥ずかしいことを言っているんだ。 「幹部様も、会長さんも、翼を大切に思うからこそ、だろ?」 「そーゆーのはっ…っていうか、大切なんだったら、もしテストでトップを取れなかったら酷い罰とか、普通言い出す?」 そう。それで始めの話に戻るのだ。 「トップ?それで盛大な溜息なわけ?」 「鬱にもなるよー。ちなみに去年とか、テストってどんな感じだった?」 パクンとまた一口、和牛様を頬張って、チラリと豊峰を窺った。 「どんなって…あー、それはそこの万年トップ様に聞きゃぁいんでね?」 「ふぅ、やっと買えたよ。お待たせ、って、もう食べてるね」 ホクホクと湯気の立つカップ麺を持った紫藤がそれを机に置きながら、すでに半分くらいになっている俺のお弁当と、もう終わる寸前の豊峰のパンを見て苦笑した。 「お先にー。っておまえ、またカップ麺かよ」 食堂に行ったから何を買ってきたかと思えば…。 「紫藤くんとカップ麺…」 やけにミスマッチな感じがするのはなんだろう。 「だって家ではあまり食べられないからね。見つかるとうるさいし」 「さすが、警察幹部のお坊っちゃま」 「はいはい、嫌味はいいから。でもそれを言うなら火宮くんのお弁当も…何それ、どこのセレブ」 クスクス笑う紫藤が、自分の椅子を引き寄せて、横にカップ麺の置かれた、俺の和牛重を覗き込んでくる。 「あー、もうこれは触れないで…」 明日からはやっぱりコンビニか売店にしよう、と強く思う。 「クスクス、すごいよね。それで…注目はそれかなぁ?」 「え?」 チラッと廊下の方に視線を流した紫藤につられて、そちらを見た俺には、特に何も見えない。 「和泉?」 「藍も気づかなかった?」 うーん、と首を傾げている紫藤の、言っている意味がわからない。 それは豊峰も同じのようで。 「何が」 「いやぁ、何か教室内をジロジロと覗きに来ていた上級生が数人、教室の前にいたからさ」 「はぁ?3年が?それがどうした」 「多分、だけど、見ていたのは、火宮くんのことじゃないかな、と思ったから」 え…?俺が見られていた? なんなんだろう、と不思議に思う気持ちと同時に、少し気持ち悪い感じがする。 知り合いなんていないはずだし…。 「ま、たまたまで、気のせいならいいんだけど」 「そだな。あれじゃね?俺が翼と仲良く昼飯食ってんのが物珍しいんじゃね」 「あー、そうなのかな」 確かにさっきからずっと、クラスメイトの、チラチラ、コソコソと、こっちを見ては、話しかけたいような、ただ噂話をしたいだけのような、大注目の空気に晒されている。 他のクラスだろうが、他学年だろうが、似たようなものなのかなと、このとき俺は、そのことを大して気に止めずに、サラリと受け流してしまった。

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