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第306話

その後は5、6時間目の授業を終え、放課後はまた実行委員会の集まりに出て、夕方。 俺は、今日の課題を持って、蒼羽会事務所の幹部室にいた。 「ですからここは、規則性に注目して…」 「あっ!だからこうなるんですか?」 授業中、どうもイマイチ分からなかった1箇所を、真鍋に聞いたところ、霧が晴れたみたいにパァッと理解できた。 「すごい。スッキリしました。お仕事忙しいのにすみません」 「いいえ。これも仕事のうちですので」 「それにしても、いきなり押し掛けちゃって」 そう。俺は今日、委員会があるせいで、放課後教師に分からないところを質問に行く暇がなく、迎えに来た浜崎に縋って、真鍋のいる事務所に連れてきてもらったのだ。 前に家庭教師をしてくれていた真鍋の実力は認識済み。 勉強で困ることがあればいつでも頼れ、と言われた言葉に甘えて、さっそく押し掛けてきたわけだ。 「会長が、見てやれ、と仰った時点で、仕事ですので。お気になさらず。他はよろしいのですか?」 「あは。ありがとうございます。分からなかったのはここだけです」 それだって、大分時間をもらってしまったけれど。 「お分かりになられたのでしたら、よかったです」 「それはもう!本当、真鍋さんって教え方上手いですよね。しかも頭、すごくいいし。先生になってもやっていけそう」 本当、ヤクザ以外でもいくらだって食べていけるだろうな、この人。 「私が教師、ですか…?」 何その微妙な表情。 氷のような無表情が崩れていて面白いけど。 「クックックッ、真鍋が教師か。それは…課題もオリジナルテストも、それはそれは底意地悪く出しそうな、たちの悪い教師になるだろうな」 あまりのどSっぷりに、生徒たちが裸足で逃げ出す、と笑い声とともに、幹部室に入ってきたのは。 「火宮さん」 「会長…」 パァッと笑みが浮かんでしまった俺と、対照的にげっそりと呆れた顔をした真鍋の声が被った。 「それで、分からなかった課題とやらは終わったのか?」 「はい。もうばっちりです」 にこりと優しく微笑んだ火宮が近づいてきて、ポンと頭を撫でてくれる。 「えへへ」 「会長の方はお仕事は」 「ひと段落ついたから、こうしてここに来ている」 サボっているわけではないぞ、と、真鍋を睨む火宮に、真鍋は苦笑してしまっている。 「別に疑ってなどおりません」 「ふん。おまえは小舅だからな。それより翼、今夜は何を食べたい」 「え?」 「せっかくこうして事務所に来たんだから、この後そのまま夕食に連れて行ってやる」 わー、ラッキー。だけど、いいのかな。 チラッと真鍋に目を向けたら、薄く目を細めて頷いていた。 「翼さんがこちらにいらした時点で予測済みです」 スケジュール調整も終わっています、と言う真鍋は、どれだけ火宮のことを理解していて、どれだけ抜かりないのか。 「すご…」 「後はお店の予約だけですが、どういたしましょう」 火宮と俺に交互に向く真鍋の視線に促され、火宮を見上げたら、「おまえが決めろ」とその目が言っていた。 「なんでも食べたいものを言えばいい」 そうすれば店は勝手に真鍋が選んでくれるわけか。 「うーん、じゃぁお寿司!回るやつでいいですよ」 「クッ、俺にそんな大衆店で寿司を食えと」 「だってー、カウンターで握ってもらうようなところは緊張するんですもん」 どうにも俺は庶民感覚が抜けないままなんだよね。 「相変わらずおまえは…。いい加減に慣れろ」 「本当、金持ちは…」 「おまえはその金持ちの奥さんになったんだからな」 いつまでも庶民感覚でいるな、って? 「だから俺は男です!それに火宮さんはお金持ちだけど、散財しすぎですっ」 もう、お金が湧いて出てくるものだと思ってないかな、この人。 「ククッ、金は湧く」 「………」 なにそのドヤ顔。 自信満々にそんなぶっとぼけたことを断言されても…。 唖然と開いた口が塞がらない。 「クッ、ではその金を生み出すための仕事の続きをしてくるか」 「私は寿司屋に予約を入れておきます」 「あぁ頼んだ。翼は、俺の仕事が済むまで、ここで予習でもしていろ。退屈なら真鍋にゲームでも漫画でも用意させればいい」 すぐ終わる、と言って、火宮が幹部室を出て行くまでずっと、俺のポカンと開いた口は塞がらなかった。

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