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第309話

「………」 「翼?」 「………」 「翼、どうした?」 んー? って、ん? 「うわぁっ!」 ちょっ…。 いきなり目の前にあったどアップの美貌に、ドキドキドキドキと心臓が暴れた。 「何をぼんやりしている」 クチュッ、と握られた中心が、やけに敏感で、まるで直に触れられているみたいな…。 「って、えぇっ?ひ、火宮さんっ?」 い、いつの間に、ズボンを脱がされていたんだろう。 しかも下着まで半分以上もずり下げられているし。 「何を驚く。……翼、疲れているのか?」 スッ、と俺の中心から手を離した火宮が、心配そうな目をして俺の顔を覗き込んできた。 「っ、いえ…」 そうだった。 今日は珍しく、お仕置きも意地悪もなしに、普通になんか求め合って、普通にベッドに移動してきたところだった。 いざベッドに押し倒されて、さぁやるぞ、というところで、ついなんだかぼんやりと考え事に沈んでしまい…。 「クックッ、生ぬるいやり方では、物足りないか?」 「っ、そうじゃなくてっ…」 淫乱、と囁かれる美声に、ズクンッと身体は快感に震える。 「では学校で何かあったか?」 「っ…」 あった、といえばあった。 今日の放課後、委員会で感じた奇妙な視線。 敵意でも悪意でもないけれど、無視するにはあまりに確かな、けれどそれがなんなのかはまったく確証のもてない、不可解で気になる視線を感じたあの出来事。 「翼?」 「っ、いえ。授業に委員会に予習復習と、少し疲れているかもです」 火宮には…言わなくていい。 俺ですらまったく意味が分からなくて、しかも実質的に何かがあったわけでもないのだ。 なんか見られてる。というだけで、ただでさえ多忙な火宮を悪戯に煩わすことはしたくなかった。 「そうか?まぁ1週間経って、慣れてきた頃だし、緊張で気づかずに溜まっていた疲れが出てきたのかもな」 今日はやめるか、と、柔らかく笑って頭を撫でてくれる火宮の手が、とても温かい。 「っ…や、です」 「ん?」 「っ、やめ、ないで…くださ…」 そうだ。 あんな視線のことなんて気にすることなんかない。 きっと、なんでもないんだ。 ちょっと見られていたくらいで、何があったわけでも、何があるわけでもない。 忘れよう。 気にするのなんて馬鹿馬鹿しい。 だって今は、目の前に大好きな恋人がいるんだから。せっかく久々に、なんだか穏やかに抱き合うところなんだから。 「火宮さんは、シたくないですか?」 頭に触れていた手をスルリと取って、その指の間にチロチロと舌を這わす。 「ッ、おまえはな」 「ふふ、俺はシたいです」 チュゥッ、とわざと音を立てて、火宮の指を吸う。 「クッ、どこで覚えてくるんだ」 悪い子だ、と耳元で囁かれる声が、ズクンッと性感を刺激する。 「あ、なたが、教えてくれるんです。火宮さんが欲しい。ただそう思うだけで…」 勝手に身体が動くんだ。 「ククッ、可愛いことを言う。本能で、天然の妖艶さだというのか。魔性だな」 そそられた、と吐息とともに吹き込まれた声が、ゾクゾクと全身に巡って、その熱が1点に向かって集中した。 「んっ、アッ…」 「クッ、触れてもいないのに」 っ、俺、勃って…。 「俺を欲しがるその姿がたまらないな」 「あっ、あっ、火宮さっ…さ、わって、俺をっ、いっぱいにして…」 ふらりと伸ばした手で、ぎゅぅ、と目の前の逞しい身体にしがみつく。 「ふっ、言われなくとも。何も考えられないくらい、めちゃくちゃに感じさせてやる」 ギラリ、と妖しく光った火宮の目が、真っ直ぐに俺を射抜く。 囚われた、と思うのに、全身を満たすのは紛れもなく快感で。 「あっ、火宮さっ…刃。じんっ」 ぎゅぅっ、としがみつく身体がきつく抱き返され、伝わる体温にホッとする。 その安らぎが何を意味するのか。 わけも分からずに、俺は本能に突き動かされて、ぎゅぅぎゅぅと火宮に抱きつき、その熱を求めた。 火宮と1つになりたい。 火宮に抱かれたい。火宮でいっぱいに満たされたい。 それが「不安」からの行動だなんて、誰が思うだろう。 今、火宮を求めて、火宮の熱を焼き付けておかないといけないと、無意識の中で感じている俺は…。 「あっ、アッ…ひ、みや、さっ…刃ッ」 チカチカと瞬く視界の端に、何か。忘れてはいけない何かが揺れた気がする。 けれど襲いくる快楽の波はすべてを飲み込み、噴き上がる白濁が考えることをやめさせる。 「あ、あぁっ、刃。じんー」 「クッ、翼…愛してる」 幸せだ。 このとき俺は、確かに幸せだった。

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