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第314話

「翼さんっ、大丈夫っす、か…じゃ、ない、っす、ね…」 バッ、と上着のジャンパーを脱いで駆け寄ってきた浜崎が、俺の肩にそれをかけてくれながら膝をつく。 「翼、これ…」 投げ捨てられていたズボンと下着を、豊峰が拾ってオズオスと差し出してくれた。 「うーん、こんな感じでいいかな?」 向こうでは、紫藤とタクトが、浜崎たちに沈められた男たちを、グルグルと縛り上げている。 縄跳びと、なんか、ムカデ競争用のか、ロープはまだいいけど、それってメジャーじゃ…。 手当たり次第の紐状のものを使っているのはいいけど、なかなか間違った使い道だ。 「あの、翼さん…」 浜崎が、恐る恐る俺の顔を覗き込んで、ゴクリと唾を飲み込んだ。 「あ、の…」 言いにくそうにどもる浜崎が、更に口を開こうとした、その時。 「ここか。池田、おまえたち」 パタパタと、新たに数人の男が、体育倉庫に駆けつけて来た。 「真鍋幹部」 「あぁ、浜崎。ご苦労だったな」 「いえ、労いなら、そっちの豊峰のご子息に」 え? え?そういえばどうして校内に、真鍋や池田がいるんだろう。 それを言えば、浜崎もだけど。 「翼さんが体育倉庫に連れ込まれてピンチだ、って、豊峰のボンが教えに来てくれたっす」 浜崎は、校門の前で車内待機していたのか。 「ドモ。でもそれを俺に教えに来たのは和泉だ…ですよ」 「僕はそこの木村くんに、体育倉庫に3年の不良グループが入って行って、その後火宮くんが連れて行かれた、って聞いたから」 「うん。柔道場からちょうど見えて。なんかヤバそうだな、と思って、誰か呼びに行ったら、つーを探している紫藤くんに会ったんだ」 そっか。 会議室からいなくなった俺を、探してくれたんだ。 「僕1人じゃとても助け出せないかと思って、ちょうど帰る前だった藍に声をかけただけ」 「よく言うよ。剣道も合気道もできるくせに」 「いやいや、実戦経験がないからね」 「はぁっ?それって俺が喧嘩慣れしてるって言いてぇの?」 あぁ、みんな。 みんな俺を、連携して助けに来てくれたのか。 こんな友達を得られたことは、素直によかったと思うんだけどな。 「なるほど。それぞれ翼さんのために。礼を言います。礼ついでで悪いが、この者たちは、こちらでいただいても?」 「ドーゾ」 「まぁ、警察沙汰にするわけにはいかないだろうし、学校側に突き出すのも無理ですよね」 豊峰の理解があるのは分かるけれど、紫藤までやけに物分かりがいい。 値踏みするような真鍋の視線に、ケロッと微笑んでいる紫藤は、警察幹部の息子のはずではなかったか。 「あ、その、俺は…」 1人戸惑っているタクトには、真鍋の鮮やかな笑みが向く。 「分かりやすく言うと、きみたちは、何も見なかった、何も知らない、ということにしてもらえればいいということだ」 「は、はぁ」 困惑したまま頷いたタクトに、真鍋が「よくできました」というように目を細めた。 「池田、おまえたち、連れて行け」 縛り上げられて転がされている先輩たちが、蒼羽会の人たちの手によって、運び出されていく。 ぼんやりとそれを見送った俺に、真鍋の無感情な目が向いた。 「翼さん、お怪我は」 頬は腫れ、首元は微かに切れているだろう。 口の中も切っていて、唾液がしみるし、見えない場所なら後孔が、乱暴な前戯のせいで少し傷ついていると思う。 「先に病院に参りましょう」 スッ、と俺の傍らに膝をついた真鍋に、ビクッと身体が強張った。 い、やだ…。 病院になんて行ったら、俺が何をされたのかが、分かってしまう。 「翼さん?」 見られたくない。知られたくない。 俺に怒るんなら、まだいい。 だけど火宮は、あの人は。 「………」 嫌だ。 火宮には何も教えたくない。 俺が何をされて、どんな目に遭ったのか。 だって言ったらあの人は。 あの人はまた色濃い赤にその手を染めてしまう。 再び闇の中に沈んでしまう…。 「翼さん…」 ギュッと唇を噛み締めて、俯いた俺をどう思ったのか。 小さく吐息をついた真鍋の手が、そっと俺の肩に触れた。 「参りましょう」 嫌だ…。 フルフルと首を振る俺に、真鍋の疲れたような溜息が落ちた。 っ…。 だって、だって会えば火宮の傷口を、俺は再び抉ることになる。 再びあの人に、復讐という名の虚しい刃をふるわせてしまうことになる。 嫌だ。 行けない。 会えない。 「翼さん」 言えない! ぎゅぅ、と真鍋の腕にしがみついて、必死で首を左右に振る。 静かに俺を見下ろした真鍋の口が、ゆっくりと動いた。 「その願いは、聞き入れかねます」 ギュゥッ、と強く噛み締めてしまった唇から、鉄の味が広がった。 目の前が、真っ暗な闇を広げていき、キーンと嫌な耳鳴りがする。 遠ざかる意識を感じたのと同時に、視界が急激にブラックアウトしていった。 お気に入りイイネ 前へ次へ

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