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第319話
うわぁ、意外。
目の前に、ドーンと佇む、大きな家…を見て、俺はポカンと馬鹿みたいに口を開けた。
どこの外国の豪邸だよ、って言うか、一瞬、美術館?とか思ってしまったほどの、大きくて近代的な家が、目の前にあった。
「どうぞ」
流石に敷地の周りが、頑丈そうな壁に囲まれているのは、ヤクザの幹部のお屋敷だからか。
こんな高そうな土地に、庭付きのこんな一軒家なんて、どれだけ金持ちなんだろう。
『てっきりクールな感じのデザイナーズマンションとかに住んでいるのかと思ってました』
それがまさかの持ち家なんて。
「ふっ、どんなイメージなのです。残念ながら、集合住宅には、そのデメリットしか記憶に残りませんでしてね」
そっ、か。この人は、両親をマンション火災の事故で亡くしている。
きっとそれは、他人が出した火だったんだろう。
「蒼とも、住むなら一軒家だ、と」
それでこんな馬鹿でかい家を建てちゃったって?
当時、真鍋は中学生ではなかったか。
いくら遺産があったからとはいえ、色々ぶっ飛びすぎじゃないだろうか。
「初めは蒼と2人、もっとこじんまりとした家屋でしたが。その後、諸々の事情で、増改築などを致しまして」
蒼さんを亡くして、ヤクザになって…。
『で、このスケールの家?』
いまいち話が繋がらないんだけど。
「言っておりませんでしたが、うちには住み込みの舎弟が数人おります」
『住み込み?しゃてい?』
「はい。まぁ舎弟とは言っても、盃を下ろさなかった準構成員ですが。そうですね、分かりやすく言えば、私個人預かりの、うちの雑用係です」
『雑用係…』
お手伝いさんっていうか、使用人みたいな感じかな。
「すぐにご紹介いたしますよ。それよりも、このような入り口で止まっていないで、どうぞ中へ」
そういえば、エントランス前で、車から降りたままの位置で突っ立っていた。
まさかまさかの家主のエスコートで、大きな家の玄関扉を開けてもらってしまう。
うわぁ…。
感嘆の声が出ない口が、パクパクと動く。
外観に見合ったおしゃれで広い玄関が、そこには広がっていた。
「とりあえずリビングルームへどうぞ」
真鍋に案内されて向かったその部屋は。
広っ!
パクパクッと動いた口から、言葉を察したのか、隣の真鍋が苦笑した気配がした。
『モノトーンは、真鍋さんらしいです』
白と黒の、床や壁と、家具家電で綺麗にまとめられたリビングは、とてもお洒落だ。
「ひとまずソファにでもどうぞ。すぐに茶を用意させます。部屋の準備もその間に」
お邪魔しまーす。
出ない声で内心だけで呟いて、俺はそっとソファに腰掛けた。
っ…。
馴染んだ火宮の家のものとは違う感触。
寝れるほど深く、柔らかで広い火宮の家のソファではなく、浅くて冷たい革張りのそれ。
思い知らされる。
ここは、火宮の家ではない。
火宮はいない。
俺が、避けている。
ぎゅっ、と握り締めたノートの端が、くしゃりと皺になった。
「翼さん?」
不審に揺れた真鍋の声が聞こえ、ハッとした。
『いえ』
「そうですか。ではうちの者に顔見せと…」
そういえば、住み込みの舎弟さんがいるって言った割には、気配も姿もないな。
「用があったり、呼ばれたりしない限りは、出てこなくていいことにしておりますので。屋敷のどこかでそれぞれ仕事中でしょう」
私室でサボっている可能性もありますが、と笑う真鍋は、あまり使用人さんたちには厳しくないのか。
『プライベートな真鍋さんを見れるの、ちょっと楽しみです』
もしかして、私服とか部屋着とかも見れたりしてしまうのだろうか。
「あまり懐かれますと、私の明日は湾の底になりますが」
『またぁ』
本気の顔で笑えない冗談を言わないで欲しい。
「冗談だとお思いなのはあなただけですよ」
『え?』
なんて?
ブツブツと小さく呟かれた言葉は、聞き取れなかった。
『でも火宮さんが、真鍋さんちに泊まっていい、って言ったんですよね?』
許可を取れたからこそ、俺は病院を出て、ここに連れてきてもらえているわけだし。
『よく、許可…してくれましたね』
断固として、俺がホテルに泊まるから家にいろ、と言い張るかと思ったけど。
「まぁ一泊のことですからね…」
『え?なんて?』
さっきから、声が小さ過ぎて聞こえないんだけど。
「いえ。あなたと、私を信用なさって下さっているのでしょう」
っ…。
「と言うことにしておきまして、本当は、この上なくお嫌そうな会長のお声は、私でも滅多に聞くことのないようなほどのものでしたけれど」
クスッと笑みを漏らす真鍋も、十分レアだと思うけど。
「翼さん」
っ!
急に表情を引き締めた真鍋の、真剣な声に、ギクリとなる。
「今、1番、あなたのお側にいたいと思っているのは、会長、です。そのことだけは、決してお間違えなきよう」
本当に、本当に渋々、俺を真鍋のところに行かせた、と言いたいのか。
だけど、だけど俺は。
『俺は、火宮さんの側には』
思えば散々、忠告めいたことはされていたのに。
色気がどうとか、押し倒されることがどうとか。
しかも俺は、火宮との関係を暴露したとき、それは正しいんだって。俺のしていることは間違いなんかじゃないって。
絶対の自信のもとに言ったくせに…。
そんな俺が、火宮の隣にいてもいいの?
『わかんない』
ぐるぐる、ぐちゃぐちゃと、無意味な落書きで、ノートが埋まっていく。
やっぱり出ない答えに、頭も気持ちもごちゃごちゃになっているうちに、真鍋がそっとリビングからいなくなっていた。
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