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第322話

冷え切って、ガタガタと震える身体を、熱くしたシャワーで温めてもらい、どうにか気持ちが落ち着いた俺は、風呂から上がってリビングのソファにいた。 向かいには、拭きっ放しで乱れた髪をした真鍋が、ノータイに新しく着替えたワイシャツ1枚という珍しい姿で座っている。 『怒ってますか?』 そっと取り上げたペンで、ノートに小さな文字で綴った俺は、チラリと真鍋を窺う。 眉間に皺を寄せたままの顔を見れば答えは明白だけど。 「えぇ、さすがに」 ですよねー。 浴室に飛び込んできたときの尋常じゃない怒鳴り声と、強烈に振り下ろされた平手の痛みは、はっきりと覚えている。 『お尻、痛いです。どうしてほっぺたじゃないんですか』 大抵、あぁいう場面は、ビンタっていうのが定番じゃないだろうか。それがなんで、お尻を全力で引っぱたかれたかな。 絶対真っ赤に手形がついていると思う。 「お怪我をなされている頬を叩くわけにはいきませんので」 あくまで冷静だった、ということなんだろうけど…。 『だからって、お尻?』 そっちも怪我…してるんだけどな。 「先生は、そちらは心配するほどのお傷はないとおっしゃっていました」 っ! そっか、医者には診られてるんだ…。 『何を、どこまでご存知なんですか』 俺が語らない、俺の身に起きたこと。 「先生は、明らかな証拠となるような、精液や残留物は見受けられなかった、と」 っ…。 「頬の打撲、首の切り傷、後ろの小さな裂傷。ただそこから、性器の挿入がなかった、とは断言できかねると」 そうだよね。 残滓がなくても、傷が小さくても。 それは最後までされていないという証拠にはならない。 『真鍋さん』 あなたのおかげで、俺、分かったことがあります。 『俺…犯られてません、最後までは』 全部。全部、話したいと思います。 「っ…翼さん」 ハッとしたように瞼を軽く上げた真鍋が、ゆっくりと不恰好な笑みを作った。 俺の意図するところに気づいたんだろう。 辛そうに微笑んで頷く真鍋が、「大丈夫、あなたは正しい」と、保証してくれているような気がして。 っ…。俺は。 汚させない。負けない。 だって俺には、凹んでも凹んでも、掬いあげてくれる心強い人たちがいる。 躓いたって転んだって、決して見捨てないで支えてくれる人たちがいる。 どんなに落ちたって…ちゃんと手を差し伸べてくれる人が…。 忘れていて、ごめんなさい。 俺には、守ってくれる人がいる。 守りたい人が、いる。 だから。 『俺は体育倉庫に連れ込まれて、そこで』 先輩たちにされたこと、受けた行為。 ぐっと握り締めたペン先を、迷わず動かして。 俺は、ページいっぱいになるその出来事を、包み隠さず書き連ねて、そっとノートを真鍋に手渡した。

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