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第346話

うふふふ。 誰の目も気にせずに、ぎゅっ、と手を繋いで、ゆったり歩く木立の間から、薄く木漏れ日が差している。 うーん、空気が美味しい。 「空気が美味いな」 マイナスイオンたっぷりって感じ。 「マイナスイオンとやらか」 「………」 「ん?なんだ。どうした?」 思わず立ち止まってしまった俺を、火宮が不思議そうに見下ろしてくる。 っ…。 もう、なんなの。 声の出ない俺の言葉が届いたわけがないのに。俺が思っていることと、まったく同じ事を口にするとか。 ずるい。 こんなにピッタリ。 こんなに簡単に、俺の心を温かくしちゃうんだから。 やばいなぁ。 ーーもう、本当、好き。 重なる心が嬉し過ぎて。あまりに幸せで。 繋いでいた手を腕まで絡めて、ぎゅーっとぶら下がるように引っ付いた俺に、火宮がクックッと喉を鳴らした。 「その顔」 あー?幸せで緩み切っちゃってる? 「誘っているのか」 はぁっ? 「その熱っぽい目。なるほど、野外でというのも、また新しい試みか」 ちょっ、待っ…。 ニヤリと頬を持ち上げて、ジリジリと迫ってくる火宮は、何を考えているのか。 外でとか、ない! それに、俺には分からないんだけど、護衛の人、どこかについて来て、見てるんだよね? 「クックックッ、おまえもなかなか好き者だな」 っーー!だから嫌だってば! たまたま側にあった大きな木に、背中を押しつけられて、両手を頭上に纏めて押さえつけられて。 股の間に割り込んだ膝が、グリグリとソコを刺激してきた。 「クッ、翼?」 ニヤリ、と悪い笑みを浮かべた唇が、ゆっくりと迫ってきて。 んっ、ン、んーっ…。 全力の抵抗の意味で、歯を食いしばって、絶対に口を開けてやるものか、と意思表示する俺の唇を、火宮の舌がペロペロと舐めた。 その時。 『っ…ぁ、ゎ…』 ガサッと、どこか木陰の方で、人が動く気配がして、フッと火宮の手が緩んだ。 「チッ…」 凶悪な舌打ちと、鋭い視線がそちらに向けられる。 あ、浜崎さん…。 思わずそちらを向いた俺の目に、他の護衛の人に、バシッ、とか、ドカッ、とか、叩かれ蹴られしている浜崎が見えた。 攻撃から身を庇いながら、「すんません」と言わんばかりに、ペコペコと頭を下げているのは、うっかり過剰反応して、火宮の邪魔をしてしまったからか。 いやいや、俺は助かったー。 「ありがとうございます」と、ペコンと頭を下げたら、火宮にパシッとその頭を叩かれた。 「ったく、人選ミスだな。あいつは真鍋に言って減給だ」 えーっ、浜崎さん、ファインプレーでしたよっ。 うっかり浜崎に内心でエールを送ってしまったら、隣から不穏な空気が漂った。 「ん?なんだ、翼。浜崎の味方をする気か?」 だからっ、なんでなにも言ってないのに分かるわけ? 「ほぉ?そうか。これは、仕置きだな」 っーー! なんでそうなる。 一難去ってまた一難とか…。 思わず助けを求めるように、チラリと浜崎たちの方に視線を向けたら、他の護衛の人に引っ張られたのか、ビュンッ、と木の陰に消えていく浜崎の足が見えた。 っ、味方が…。 今度は完全に姿を消し、気配まで断ってしまった護衛たちに絶望する。 「さて、どうしてくれようか」 っーー!野外とか、絶対に無理だからっ! 嫌だー、と、全力で火宮を突き飛ばし、身を翻してダッシュで逃げる。 「クックックッ、そうくるか」 後ろから聞こえた火宮の声は、なんとも楽しげで。 火宮が本気なら、多分、俺を逃すなんてことはしなかっただろう。 だからちょっとだけホッとして、けれど脅しなんてする意地悪な恋人に、心の中で盛大に舌を出しながら、俺は火宮が見失わない程度の速さで、びゅん、と木々の間を走って行った。

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