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第355話※

回廊から戻った室内は、照明が絞られ、薄暗かった。 寝室へ続く襖は開け放たれていて、簾越しにぼんやりと、行灯のあかりがともっているのが見える。 っ…な、なんか、ヤラシー。 柔らかい橙と黄色を混ぜたような色の光が、簾の向こうに、並んだベッドを浮かび上がらせている。 「ククッ、どうした」 思わず両手で顔を覆ってしまったのを笑われた。 でもだって、なんかこの感じって…。 別に欲情を誘うための演出ではない。 あくまでそこは眠る場所で…だけど、だけど。 「ククッ、なんだ」 っ…。 「ん?殿様の寝所みたいで、情事を連想する、か?」 そう、それ! じゃなくて…なんでこの人、言ってないのに分かるわけ。 クックッと喉を鳴らす火宮をまじまじと見つめたら、ニヤリと妖しく笑う顔と出会った。 「だから、おまえの考えていることは、俺には筒抜けだ、と言っているだろう?」 なにそれ。エスパー?さとり? 「超能力者でも、特殊能力者でもない」 またバレてるし。 「強いて言うなら愛だな」 なっ…もう! 大真面目な顔をして、そんな照れ臭い言葉を平然と…。 「ククッ、どうする?せっかくだし、殿と小姓ごっこでもするか?」 この人はぁっ。 もう本当、時々壊れるよね…。 「ん?」 しませんからっ、そういう変なプレイ。 ツン、とそっぽを向けば、抱かれた身体がゆらゆら揺れた。 「ククッ、なんだ、つまらん」 えっちに面白さとかいらない…。 思わず脱力したところで、ベッドにたどり着いた火宮が、ふわりと優しく俺をそこに下ろしてくれた。 わぁ、やっぱりなんか、色気が…。 和室で、行灯のあかりで、浴衣で。 いつもと違った空間。いつもと違った雰囲気が、なんかクる。 火宮さん…。 仰向けに横たわったまま、ふわりと伸ばした両手を、真っ直ぐに火宮に向ける。 緩やかに、弧を描いていった火宮の口元が、蕩けるような甘い声を紡ぎ出した。 「激しくか?優しくか。翼の望むようにしよう」 っ…。 穏やかに微笑むその顔はズルい。 どんなに砂糖たっぷりのケーキより、どれほど濃厚な蜂蜜より、火宮が俺を見つめる目が甘い。 囁く声が、甘く蕩けて浸透し、俺の全身を溶かしてしまいそうだ。 ん…火宮さん。 優しく。 だけど激しく。 ぎゅっと引き寄せた身体に顔を寄せて、チュッと口付けをする。 欲張りなんです、俺は、とても。 その上、火宮さんが愉しめるようなのがいい。 出ない声の代わりに、精一杯の思いを込めて抱きついた俺を、火宮の優しい腕が抱き返してくれた。 「優しく、激しく、俺色か」 っ! 完璧。 わずかの誤解もない、完璧な理解。 それが愛だと言うのなら、あなたのそれは本物ですね。 にこりと頬を持ち上げて、コクンと小さく頷いたら、ガバッと火宮がのし掛かってきた。 「翼」 んっ、あぁっ…。 すでに蕩けた蕾に指を差し込まれ、額に頬に唇に、首筋に胸に腹の上。身体のあらゆる場所に、火宮の口づけが降り注ぐ。 んンッ、はっ、ぁんっ…。 触れられた場所がジーンと熱くなり、チリチリと湧き立つ快感と、痺れるような愛おしさに涙が溢れる。 綺麗…。 ぼんやりと行灯の灯りに浮かぶ火宮は、しなやかな野生の獣のようで、本能と欲情に揺れた美貌がゾクリとするほど美しい。 身体も…。 見たい。ただその欲求に従った俺は、そっと手を伸ばして、火宮の浴衣の帯を解く。 「ククッ、積極的だな」 嬉しそうに笑った火宮が、協力してハラリと肩から浴衣を落としてくれる。 っ、やばい…。 その鍛えられた逞しい身体が綺麗で。 いくつもの修羅場をくぐった身体に残る、いくつかの傷跡も、ちっとも醜くない。 んっ、これ、前に撃たれたときのだ…。 心臓の斜め上、肩に近い位置にある引き攣れたような小さな跡は、この人を喪うかと思って恐怖に頬を濡らした、あの日のもの。 「んっ、翼ッ」 思わず唇を寄せて吸い付いたら、火宮の口から艶めかしい吐息が上がった。 俺を選んでくれてありがとう。 死の淵から、あなたは俺の元へ帰って来てくれた。 愛してくれてありがとう。 絶望の中から、あなたは俺を見つけてくれた。 大好きが溢れて、愛おしさでいっぱいになって。 出せない言葉の代わりに、そっと持ち上げた左手の薬指にキスをする。 「ククッ、おまえは」 優しい笑顔と、お返しと言わんばかりに、カツンとぶつけられた、火宮の指に嵌った同じデザインのリングが、指輪同士のキスみたいで。 好き。好き、愛してる。 足を絡めて、火宮の腰を引き寄せて。 性器を擦り付けて、挿れてとねだる。 「ッ、おまえは本当に」 たまらない、の言葉が終わる前に、ズプッとナカを穿った愛おしい熱に胸が震える。 滑らかで、綺麗な背中に爪痕を残して、くっ付いてくっ付いて、1つに溶けて混ざり合ってしまえばいいと、身体をピッタリと寄せる。 あぁっ、あっ、あんンッ…。 深く、浅く、激しく、優しく、内壁を擦る火宮の熱が、俺を高める。 ハッハッと上がる火宮の吐息が、火宮も高まっていることを教えてくれる。 あぁ、もう、本当、好き。 気持ちよくて、幸せで。 ポロリと涙が伝い落ちた瞬間。 掻き抱くように強く身体を抱き締められて。 「ッ、翼っ」 あっ、あぁぁぁっ! ビュクッと俺が白濁を飛び散らせたのと、ナカいっぱいを満たした火宮が果てたのは、ほとんど同時だった。

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