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第365話

「リカっ!」 一直線にクラスの応援席に向かい、キョトンとしているリカの手を引く。 会場内で1番可愛いかと言われたら疑問だけど、リカの容姿は悪くない…と、思う。 まぁこんなの、主観だし。大多数から見て可愛ければオッケーだろう。 「ちょっ、つーちゃん?なにっ?」 「いいから走って。総合優勝狙うんでしょ?」 細身のリカなら、小柄な俺でも十分に抱き上げられるはず。 わけがわからない顔をしているリカをぐいぐいと引っ張って、ゴールを目指す。 「つーちゃん、お題、なんなの」 ハッ、ハッ、と走りながら、リカが俺の手の中身を覗こうとする。 「この中で、1番可愛い人。ゴール前でお姫様抱っこするから!」 「はぁっ?それ、私で大丈夫っ?!」 「だってリカ可愛いし!」 「いやーん、嬉しい。っ、じゃなくてカレシさん!」 紙見せて、と俺の手から指示書を引ったくり、リカがそれを広げて眺めている。 「ほぅら、これは、つーちゃんがカレシさんに抱っこされてゴールの方が…」 「やだよっ!それ、自分の恋人が1番格好いいとか言ってることになる!痛いよ!」 そんなの恥ずかしすぎて選べない。 「はぁっ?だってあの人、誰がどう見ても格好いいから!痛くないって、全然」 「だからって、男の俺が、男にお姫様抱っこされてとか…」 関係を推測するには十分だし、そうなれば俺はまるで恋人自慢するみたいになるじゃないか。 「自慢しちゃえばいいのにー。つーちゃんは偏見とか気にしないでしょ?」 「まぁ男の恋人ってことで何を言われてもいいけどっ、その恋人を、1番格好いい人で連れて行って、しかも人前でお姫様抱っこされるのは、やっぱり無理!」 どうしたって恥ずかしい。照れ臭い。 「だーかーら、あれだけの極上男を捕まえて。ばちが当たるぞー」 「極上って…」 「あーあ、見たかったなぁ、つーちゃんを華麗に抱き上げてゴールしちゃう王子様」 どっちかっていうと王様じゃ…じゃなくって。 リカが悪戯っぽく笑ったところで、すでにゴール前。 「もう馬鹿言ってないで。とりあえず抱っこ!」 何よりゴールが先決だと、リカを抱き上げてゴールテープに突っ込む。 「ふふ、恋人を差し置いて、これ。つーちゃん、カレシさん、怒るぞー」 「っ…」 いやでも、俺は、多分出題者の意図に従ったまでで。 「カレシさんの前で、他の女を選んで、その女を抱いてゴール。うわー、やっちゃってるよね」 私、恨まれそう、と笑っているリカに、ギクリとする。 「それは…」 「私なら絶対に妬く」 それはだから、火宮が女だったらの話で…。 「恋人が、自分以外の人間を、可愛い、って褒めたも同然」 「あー…」 「絶対に面白くない」 言われてみれば、確かに俺が選択したのはそういうことになるけれど…。 『1着は、2年!紅組!会場で1番可愛い人を、お姫様抱っこでゴール、です。クリアです!』 キーンと響き渡った放送席の声に、ワッと盛り上がった会場の空気。 「っ…これはやっぱり、俺、やらかした?」 あはは、と乾いた笑いを漏らしてしまいながら、ゆっくりとリカを下ろして、そーっと、そぉーっと振り向いた、観覧者エリアの火宮は…。 「ひっ!」 「まっ、1位、ヤッタネ!」 隣でハイタッチを求めてくるリカの声に、とてもじゃないが答えられる気がしないほど。 片頬だけを器用に持ち上げた、冷たい鋭い火宮の視線に、俺は凍りついていた。

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