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第366話

その後は、中間得点発表があり、昼休憩の時間となった。 真鍋と合流した火宮が、浜崎に弁当を受け取らせながら、チラリとこちらを見ている。 なにやら小さな紙袋も受け取っているのはなんなのか。 『来い』と、その視線だけで分かる火宮の言葉に、俺は恐る恐るそちらへ向かった。 「お疲れ様です、翼さん」 相変わらず無表情な真鍋が、場所取りをしたタープテントの前で出迎えてくれる。 「暫定1位、よかったな」 ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべながら、タープ内のレジャーチェアに悠然と座っているのは火宮だ。 「あ、りがとう、ございます」 そろそろと、タープ内に足を踏み入れながら、俺は軽く頭を下げた。 無事、俺のクラスの得点は現在トップで、クラスが属する紅組は、10点差で白組に勝っていた。 「ククッ、クラスリレーでも1人追い抜いていたな。やるじゃないか」 「あ、はい、まぁ…」 たまたま抜ける距離に前の走者がいて、たまたま俺の足の方が速かった。 それでも褒められて悪い気はしない。 「頑張ったな」 「ありがとうございます」 「借り物も」 っ! 上げて落とす。さすがはヤクザだ。 ドキリと跳ねた心臓に、喉がカラカラに乾いた。 「1位、おめでとう」 口角を上げた火宮の目が、薄く細められていた。 「っ…」 その祝辞が、言葉通りではなく、皮肉だということくらいは、さすがに分かる。 「ククッ、女を抱き上げていたな」 「っ…」 だってそれは、そういうお題だったから。 口にしようとした言い訳は、妖しく光った火宮の眼差しに射竦められて、言葉にはならなかった。 「会場内で1番可愛い、ね」 「それはっ…」 本気でそう思っていたわけではなく、ただ1番連れ出し易かったのがリカだっただけで。 「あぁいうのが好みか」 は? 「いや違うっ…」 「あれはどう見ても浮気だな」 「っ…」 そう来たか。 火宮の嫉妬と独占欲の強さは知っていたけど。 「聞けば指示書では、会場内で1番格好いい人でもよかったそうだな」 「は?え?」 なんでそれを火宮が知っている。 「それなのに、おまえは俺を選ばなかった」 「っーー!だってそれは」 ぐ、と言葉に詰まった俺を、火宮がスゥッと細めた目で見てきた。 「まぁ、おまえは偏見や好奇の目を気にするようなタマではないな」 「それはそうですけど」 「つまりは俺に人前で抱き上げられること自体が恥ずかしかったか。ん?甘い空気でも出してしまうのを恐れたのか?それとも寝室に運ばれることでも想像したか」 ニヤリ、と笑う火宮の目はとても意地悪で。 「っーー!」 俺の思考や行動を、そうやってすべて見透かして、分かっているくせに…。 「ククッ、その理由は可愛いが、だからといって許し難い」 「う…」 「恋人の目の前で、他の女を横抱きだ」 それは、少しは火宮にも悪かったかもとは思うけど…。 「仕置きだな、翼」 「なっ…」 「俺を選んでいいものを、他の女なんかに目移りして。その腕で大事に抱きかかえ。俺が見ていると知りながら、堂々とそんな姿を見せつける悪いやつには、たっぷりと躾直しが必要だ」 っーー! どこかでこうなるんじゃないかとは思っていたけど、まさか本当にこうなるなんて。 スッとレジャーチェアから立ち上がり、俺の腕を掴んでグイグイと歩き出す火宮に、逆らおうと踏ん張る足も虚しく、ズルズルと引き摺られるようにどこかに連れて行かれる。 「ちょっ、火宮さっ、お仕置きって…」 まさか今。まさか学校で。 ただの昼休憩中にするというのか。 「待って!嫌だ!今はやだっ、火宮さんっ」 「ふん、黙ってついて来い」 「無理!嫌!一体何する…」 わぁわぁ喚く俺をサラリと無視して、火宮はずんずんとグラウンドから遠ざかる。 「火宮さんっ、どこへ…」 恐慌状態に陥る俺を、容赦なく引きずっていく、火宮がたどり着いた場所は。 「まさか本当に…?」 人目につかない、人気もない、グラウンドからは完全に死角の、校舎裏だった。

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