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第370話

「っっ…」 やばい、やばい、やばい。 集合場所に向かって歩きながら、俺はその振動のせいで、どんどん大きくなっていく快感の波に、冷や汗をダラダラと流していた。 「っ、ん…ふ」 ぐっ、と握り締めた拳と、ぎゅっと噛み締めた唇が震える。 やばい。これは絶対にヤバイやつだ。 もぞもぞと擦り寄せる足の真ん中に、熱が集まってくる。 っ…。 俺は前屈みになりながら、必死に快感をはぐらかしていた。 「翼?おまえ、本当に大丈夫か?腹痛い?」 入場門から、いざフィールドへ、というところで、豊峰が俺の異変に気付いて声を掛けてきた。 「っ、う、うん、だい、じょうぶ」 もうここまで来たら、さっさと競技に参加して、こんな背徳的な快感は忘れてしまうに限る。 フルフルと首を振る俺に、豊峰は心配そうに、「無理するなよ」と笑ってくれた。 「っしゃぁぁ!行くぞーっ」 紅組団長が、気合いの掛け声と共に、フィールドに駆け出して行く。 選手たちがそれに続いていく中、俺もヨロヨロと、前の生徒についていった。 「っ、はッ、んっ…」 軽く走ったせいで、またローターの位置が変わった。 前立腺をギリギリ掠める危険ゾーン。 やばい、無理、早く終わって…。 すでに腰が抜けそうになっている身体を必死で保たせて、俺はみんなの動きに倣って、綱の横にしゃがみ込んだ。 中央にいる主審の手が持ち上がる。 ピストルが、パァンッ、と音を立て…。 「うぉぁぁぁー!」 「引けぇーっ!」 「フレー!フレー!」 ワァァッ、と上がった歓声と掛け声で、会場が一気に熱を孕む。 俺も、みんなに合わせて手にした綱を思い切り引っ張って、腰を落として力を入れた。 その瞬間。 「っあぁ!」 やばいーっ! ぐっ、と下半身に力を入れたせいで、ナカのローターを思い切り締め付けてしまった。 「っ、だ…め」 ビクッと震えた身体から、ヘナヘナと力が抜けていく。 っ、あ、あぁぁ…。 もう駄目だ、と思ったのと同時に、手がふらりと綱から離れる。 火宮さんっ…。 助けて、と浮かんだ名前は、こんなことになっている元凶の人で。 な、んで、俺…。 こんな目に遭っても、俺が1番に縋るのは火宮なんだなぁ、と思ったら、可笑しくって笑えてきた。 そのとき、パァンッと銃声が聞こえ、周囲の生徒たちが、パッと綱から手を離して、歓喜に湧いた。ワァァッ、と喜び飛び跳ねるのは、紅組の生徒たち。 「翼っ、やったな!」 あぁ、こっちが勝ったんだ…。 快感にジーンと痺れた頭で、ぼんやりと理解する。 フラフラと引いた足がもつれて、身体がガクンと地面に崩れ落ちた。 「翼っ?!」 慌てたような豊峰の声が聞こえたけれど、もうそれに応える気力はない。 願わくば、どうか助け起こしたりしないで欲しい。 もし近づかれたら、俺のハーフパンツの前が勃ち上がってしまっていることに、気づかれてしまう。 「翼っ、大丈夫かっ…」 救護テントへ…と叫ぶ豊峰の声が終わらないうちに、スッ、と誰かの影が落ちて、ふわりと身体が浮いた。 「っ?!」 ふぁさぁっ、と、横抱きにされた身体に、優しく掛けられたのは、見知ったジャケットで。 「え?え?」 「ククッ、限界か」 ニヤリ、と意地悪く笑う火宮の顔が、すぐ間近に見えた。 「っーー!な、んで…」 競技中の俺の側に。 「ふっ…」 片頬だけを器用に持ち上げた火宮が、答えを教えてくれることなく俺から目を逸らし、ぐるりと周囲を見回した。 「道を開けろ。こいつは俺が運ぶ」 途端に、「キャァァァ!」とか、「ヤバイーッ!」とか、耳をつんざくような甲高い悲鳴が周囲で上がったのが聞こえた。 ギクリとして周囲を見回せば、綱引きに参加していた生徒も、その向こうの応援団も、観客も応援席の生徒もみんな、火宮と火宮にお姫様抱っこされた俺に注目していた。 「っ、これって…」 仕返しだ、ということは、考えなくても分かった。 「も、本当、バカ…」 こんな意趣返し。 これが初めから計算の内なんだとしたら、本当にこの人の報復センスはあっぱれだ。 お仕置き、ね…。 ローターを入れたことだけがそれかと思ったら、まさかこんな当てつけるようなことまで目論んでいただなんて。 「本当、天才的ですよ」 あなたに悪巧みをさせたら、誰も敵う者はいないでしょうね。 真っ赤になっているだろう顔を、ぎゅっ、と火宮にしがみつくことで隠す。 「ククッ、翼。おまえが選んでいいのは、俺だけだ」 「ん…」 分かりました。反省してます。 「だが、これだけで終わりではないぞ」 耳に囁かれた意地悪な台詞に、ビクリと身体が震える。 「ほら、翼。保健室はどっちだ?案内しろ」 「っ…」 なんで救護テントじゃないんだ、とか、鍵はどうする、とかはもう愚問だろう。 「ククッ、密室で、じっくりと、仕置きの仕上げとコレの手当てだ」 あぁぁぁ。本当、もう、この人は。 にぃ、っ、と妖しく笑った火宮に、俺は逆らう術など見つからなかった。

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